おやぢの部屋2
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KRAUS/ Miserere・Requiem・Stella coeli
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Michael Schneider/
Deutscher Kammerchor
La Stagione Frankfurt
CPO/777 409-2




生年も没年もモーツァルトとほぼ同じ(没年だけ1年あとの1792年)という「スウェーデンのモーツァルト」、ことヨーゼフ・マルティン・クラウスは、「本家」モーツァルト同様、極めて若いころから素晴らしい作品を作っています。そんな中に、19歳の時に作った「レクイエム」があるそうなのです。「本家」が同じタイトルの曲を作りかけたのは35歳、そんなところから、「彼の作品に影響を与えた」などと、なんの根拠もないのに無責任に騒ぎ立てているサイトがあるものですから、これはぜひ聴いてみなければ、と思ってしまうではありませんか。本当は、モーツァルトがこのクラウスの作品を実際に聴いたことがあるかどうかなんて、誰にも分からないことなのですがね。そんなわけで、ちょっと前のリリースですが紹介させてくださいね。
その前に、もっと若い頃、クラウスが17歳の時に作った「ミゼレレ」を、まず聴いてみましょうか。ご存じ、詩篇51をテキストにした13曲から成る30分ほどの曲です。オーケストラの伴奏に乗って独唱と合唱が代わりばんこに登場するという構成、それぞれの曲は1~2分で終わってしまうほどのコンパクトなものです。オーケストラはピリオド楽器の団体、合唱は若いソリストが集まって2001年に結成された団体で、当然ソロもメンバーが歌っています。そんなソリストの中に、ジュリアン・プレガルディエンの名前がありました。このCDが録音されたのは2008年の4月ですが、その半年後にはZIG-ZAG「ヨハネ」のセッションにエヴァンゲリストとして参加することになる、あのクリストフ・プレガルディエンの息子ですね。彼は、この曲の3曲目、「Tibi soli」などで、その澄み切った声を聴かせてくれています。
このかわいらしいアリアは、モーツァルトの「フィガロの結婚」の第4幕の冒頭で歌われるバルバリーナのカヴァティーナ「なくしてしまった」にどことなく似たテイストのある、とてもキャッチーなものですが、歌いだしの歌詞が「チビ総理」と聴こえてしまうのにはうれしくなってしまいます(おそらく、今の日本の総理大臣を揶揄したい気持ちがあるからなのでしょう。もっとも、その人物に対する卑称としては、それはあまりにも生ぬるいものに違いありません。現実には「ダメ総理」とか「履き違え総理」でも物足りないほどなのですから。かと言って、「キチガイ総理」とののしるほどの勇気はありません)。
そして、その2年後に作られた「レクイエム」です。確かに、「本家」と似ているな、と感じられる部分はたくさんありました。最初の「Requiem」からして、モーツァルトの「Lacrimosa」によく似たテーマが聴こえてきますし、「Kyrie」でフーガが用いられているのは同じアイディアで、そのテーマの中に見られる6度上昇の跳躍は、のちのモーツァルトでの7度下降の跳躍の萌芽と感じられないこともありません。あるいは、全く別物のユニゾンのテーマで始まる「Dies irae」にしても、しばらくするとなんだかよく似たメロディが聴こえてきますし、「Domine Jesus」もほとんど同じ楽想だと言い切ることができるほどの近似性があります。
ですから、これをもって「影響がある」と考えるのはあるいは間違いではないのかもしれませんが、これらの点は実はこの時代の音楽に少なからず見いだせる、単なる「様式」と考える方が、より賢明な判断であるような気がします。何とかセールスポイントを見つけて商品を売りたいという気持ちはわかりますが、過度の「煽り」は禁物です。
もう一つ、「Stella coeli」という2曲からなる小さな作品が、最後に聴けます。「天の星」ですね。なんだか、あまり目にしたくない人の名前みたい。2曲目の冒頭に華麗なオルガンのソロが入るというのも、モーツァルトの「教会ソナタ」に通じる、やはり時代の様式です。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück
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by jurassic_oyaji | 2012-06-20 20:32 | 合唱 | Comments(0)