おやぢの部屋2
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FLAGELLO/Passion of Martin Luther King
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Ezio Flagello(Bar)
Nicolas Flagello/
Ambrosian Singers
London Philharmonic Orchestra
I Musici di Firenze
NAXOS/8.112065




イタリア系のアメリカの作曲家、ニコラス・フラジェッロという人が作った「受難曲」です。彼の3つ下の弟が、エツィオ・フラジェッロ、カール・ベームが1967年にプラハで録音した「ドン・ジョヴァンニ」でレポレッロを歌っていましたが、このアルバムでもソロを担当しています。
この「マーティン・ルーサー・キングの受難曲」は、キング師のことを敬愛していたフラジェッロが、1968年の暗殺事件に衝撃を受けて作ったものです。1953年に作ってあったオーケストラと合唱のための5曲のモテット集の間に、バリトン・ソロによって歌われるキング師の演説集の中の言葉をテキストにした音楽を挟み込むという構成が、なかなか効果的です。ラテン語の合唱のパートは、華やかなオーケストレーションの中、合唱がハイテンションに歌いあげるという曲調、しかし、バリトン・ソロによるキング師のテキストのパートでは、ソロはあたかもレシタティーヴォのような趣でしっとりと言葉の意味を伝えています。しかし、そのシンプルなソロを彩るオーケストラの、なんと雄弁なことでしょう。いわばバロック時代の「レシタティーヴォ・アッコンパニャート」を現代に置き換えたような、それは美しいナンバーです。
しかも、例えば4曲目の「In the Struggle for the Freedom」などでは、そのレシタティーヴォは歌われていく中で次第に高揚感を増し、後半には殆ど「アリア」と言ってもいいほどのメロディアスなものに変わります。このあたりは、「オラトリオ」というよりはほとんど「ミュージカル」と言っても構わないほどのキャッチーな魅力にあふれています。
最後の曲となる「I Have a Dream」は、1963年にワシントンで行われた大集会での有名な演説「私には夢がある」をテキストとした、やはり非常に美しいオーケストラをバックに淡々と語られるレシタティーヴォです。「私には夢がある。いつの日かこの国が立ちあがり『すべての人間は平等につくられている』という言葉の真の意味を貫くようになるだろう」といったような崇高な訴え、先ほどの4曲目の最後に出てきた「Crucify」という言葉の繰り返しとともにこれを聴くと、まさにこの曲はキング師をイエス・キリストと置き換えた、「受難曲」そのもののように感じられてきます。
ニコラスの指揮、エツィオのバリトン・ソロによって、1969年にロンドンでこの曲はレコーディングされました。しかし、それを発売してくれるレーベルは見当たらず、この録音はお蔵入りになってしまうのです。実際に初演を行ったのは、フラジェッロの作品に深いシンパシーを持っていた指揮者のジェームズ・デプリーストでした。しかし、1974年のワシントンでの初演に際しては、デプリーストは作曲者の了承のもとに、最後の「I Have a Dream」と、その前の「Jubilate Deo」を、当時の現状では「時期尚早」としてカット、3曲目の「Cor Jesu」のテーマによる新たなフィナーレに差し替えて演奏しました。のちに1995年にKOCHに録音したものも、そのバージョンによっています。
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2008年にバラク・オバマが大統領に就任したことで、キング師の「夢」はかなえられました。そして、オリジナル・バージョンの世界初録音が、ここに43年ぶりに日の目を見ることになったのです。
そんな、これが「初出」であるという情報は、ジャケットには何もなく、ライナーノーツを読むまでは分かりません。さらに、カップリングがやはりエツィオのソロによる、これは1963年にリリースされたことのあるニコラスの歌曲集なのですが、これがとんでもなくひどい音なのです。声が完全にひずんでいて、とても不快、おそらく、マスターテープはもうなくなっていて、LPからの板起こしなのでしょう。スカイツリーのお土産ではありませんよ(それは「雷おこし」)。それはそれで「ヒストリカル音源」なのですから仕方ありませんが、一言「おことわり」があってもいいはずです。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-22 20:32 | 合唱 | Comments(0)