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PIAZZOLLA/Histoire du Tango
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Cécile Daroux(Fl)
Pablo Márquez(Guit)
HARMONIA MUNDI/HMG 501674




今年は、タンゴ界の巨星、アストル・ピアソラが亡くなってから20年目という記念の年なのだそうです。もうそんなに経ったの、という気がするのはなぜなのでしょう。そういうアニバーサリーに敏感なこの業界では、これにちなんで数々の企画が展開されているのでしょうね。
そんな時にピアソラの「タンゴの歴史」というタイトルのCDが出たりすれば、やはりそんな「お祭り」にちなんだ新録音だと思ってしまいます。ジャケットも、今まで見たことのないものでしたし。そもそも、こんな、いかにも情熱的な風貌の美人フルーティストのCDなんて、見ればすぐわかります。
しかし、あいにくこれはそんな「ピアソラ・イヤー」とは全く無関係なアイテムでした。最近のこのレーベルのミド・プライスのシリーズ「hmGold」の一環としてリリースされた、もともとは1998年に録音されたものなのでした。オリジナルのジャケットにも同じ写真が使われていたようでしたが、当時は気が付かなかったようです。
この美しい方はセシル・ダルーというフランスのフルーティストです。一部では「ダロー」という表記も見られます。いったい、どちらが正しいんだろー1966年に生まれています(代理店によるインフォでは「1969年」となっていますから、初期の資料ではサバを読んでいたのでしょう)から、録音した時は30代に入ったばかり、当然この写真もそれ以前に撮られたものなのでしょうが、美貌とともにこのアダルトな貫禄もすごいものです。ところが、彼女は昨年、45歳の若さで亡くなってしまったそうなのです。なんともったいない。「美人薄命」とは、まさにこの人のためにあるような言葉ではないでしょうか。
パリのコンセルヴァトワールを卒業した彼女は、多くのコンクールに入賞して一時はルーアンのオペラハウスのオーケストラの首席奏者も務めていたそうですが、録音では現代音楽の分野で何点かのものがありました。その中に、クセナキスの「Nyu-yo」という1985年に作られた曲があったので、ちょっと驚いたことがあります。クセナキスがフルート曲を作っていたとは。しかし、これは実は日本語のタイトル「入陽」を欧文表記したもので、そもそもは尺八、三弦、2台の琴のために、「邦楽4人の会」から委嘱された作品だったのですね。それを、ダルーの依頼で作曲家自身がフルートと3本のギターのために編曲したものを、そこでは演奏していたのです。ここでは、ダルーは完璧に尺八を模倣したフルートで、クセナキスには珍しい東洋的な情感を表現していました。
もはや、フルーティストにとっては定番のレパートリーとなったピアソラの1986年の作品「タンゴの歴史」は、タイトルの通り、時代とともに様相を変えていったタンゴの姿を、フルートとギターによってピアソラなりの解釈で描いたものです。ただ、このような元来「非クラシック」であったものを楽譜にあらわした時には、おのずと演奏者のアプローチが試されることになります。この曲を委嘱し、初演したマルク・グローウェルズあたりの演奏を聴くと、楽譜はただのガイドに過ぎず、そこから離れたダンス音楽である「タンゴ」としての躍動感をより大切にしているような、おそらく作曲家も望んだに違いない表現が感じられるのではないでしょうか。
しかし、ダルーの場合は、あくまで「楽譜に忠実に」というスタンスを崩そうとはしていません。いや、そこそこ軽めのフェイクを入れてみたり、自由なカデンツァがあったりはしますが、それはあくまで「クラシック」、いや、「現代音楽」の範疇としてのレアリゼーション、ピアソラを「現代音楽の作曲家」としてとらえるという姿勢は頑として貫かれています。最後の「現代のコンサート」が、ピアソラが感じた当時の「現代音楽」を反映させたものであることは、そんなアプローチでなければ気づくことはなかったことでしょう。

CD Artwork © Harmonia Mundi s.a.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-24 22:55 | フルート | Comments(0)