おやぢの部屋2
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MESSIAEN/Et expecto resurrectionem mortuorum
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Jun Märkl/
Orchestre National de Lyon
NAXOS/8.572714




ドビュッシーのアルバムを定期的にリリースしていると思っていたら、準・メルクルはメシアンでも積極的に録音を行っていたようでした。大曲「トゥーランガリラ」はすでにこのレーベルにはアントニ・ヴィットの指揮による録音がありますから、残りのオーケストラ作品をメルクルに任せようというのでしょうか。
今回のアルバムのメインは、「また、わたしは死者の復活を待ち望みます」です。このタイトルは、ミサの通常分から「クレド」の最後の部分を引用したものですね。正確にはこのあとに「Et vitam venturi saeculi, Amen(そして、来世での命を。アーメン)」というテキストが続いて、曲が終わることになります。
この作品は、1964年に時の文化大臣アンドレ・マルローの委嘱によって作られたのだそうです。マルローは同じころにパリ管弦楽団を作っていますから、とりあえず音楽の歴史に残る重要なことを2つは行ったことになります。
このCDに付けられた帯解説によると、これは「メシアンの作品の中でも、とりわけ規模が大きい」そうなのですが、ちょっとそれには賛同しかねます。普通「規模が大きい」と言えば、二通りのことが考えられます。まず、ステージ上の演奏者が100人以上みたいな、編成的な規模、そして、演奏時間が極端に長いことです。でも、この作品の場合は、そのどちらにも当てはまらないのですよね。編成は40人、演奏時間だって30分ちょっとです。ただ、その編成の中に弦楽器が全く入っていないという点については、注意すべきかもしれません。具体的には木管楽器18人、金管楽器16人、打楽器奏者6人というのが、その内訳、そう、これは常にメシアンの「オーケストラ作品」というジャンルで語られてはいますが、実際には「吹奏楽」なのですよ。とは言っても、ほとんど「ブラスバンド」だけで使われる多くのサックスや、ユーフォニウムのような楽器は入っておらず、オーケストラで使われる楽器がほんの少し多めに集まった、という感じ、ただ、金管の低音に「バス・サクソルン」という珍しい楽器が入っているあたりが、ちょっとユニークなところでしょうか。
もっとユニークなのは、参加している打楽器です。普通のブラスバンドには欠くことのできないシンバルやバスドラム、さらにティンパニも見当たりません。その代わり、ステージいっぱいに並べられているのは(メシアンは、楽譜でその並び方まで指定しています)大小様々の大きさのカウベルがぶら下がったスタンドです。これも、しっかり音階が指定されているカウベルが高音、中音、低音の3つのグループに分けられ、3人の奏者によって演奏されます。まあ、こんな光景を見れば、もしかしたら「規模が大きい」と感じてしまうかもしれませんね。
この楽器が大々的にフィーチャーされているのが、4曲目です。華々しく奏でられるカウベルが、まるでジャワのガムランのように響き渡ります。そんな部分と、小節ごとに拍子が変わるという複雑な変拍子によって鳥の声が模倣される部分がくりかえされ、その間を3発の銅鑼の連打がつなぎます。この銅鑼が繰り返しのたびに巨大なものに成長していくのは、何の象徴なのでしょう。
ただ、この楽章ではメルクルの演奏のアバウトさだけが目立ってしまいます。例えばブーレーズとクリーヴランド管による水も漏らさぬアンサンブルと完璧なピッチで繰り出される精密な演奏とは対極にあるこの姿勢からは、何か汗まみれの「祈り」のようなものは感じられるものの、メシアンらしいエネルギッシュなファクターが完璧に抜け落ちているような気がしてしまいます。同じように弾けてほしい2曲目でのトゥッティの部分でも、音楽は「生」よりも「死」の方に傾いているように思えてなりません。
カップリングの2曲はあまり聴く機会のない初期の作品で貴重な音源です。帯原稿で作曲年代を間違えているのも、ご愛嬌。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-08-11 21:21 | 現代音楽 | Comments(2)
Commented at 2012-08-12 09:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jurassic_oyaji at 2012-08-12 23:23
ご指摘、ありがとうございました。