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聴かなくても語れるクラシック
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中川右介著
日本経済新聞出版社刊(日経プレミアシリーズ167)
ISBN978-4-532-26167-2



タイトルにある「クラシック」というのは、もちろん「クラシック音楽」のことです。「音楽」なのに聴かなくても語れるというのは、いったいどういうことなのか、などというような疑問を抱いたら、それはまんまと著者の術中にはまってしまったことになります。
そんなタイトルとともに、裏表紙のリードでは「本書はクラシック音楽を好きになるための本ではなく、社会人として知っておきたい常識を身につけるための本です」と、高らかに宣言しています。ですから、それを真に受けてすでにクラシック音楽を「好きになっている」クラシック・ファンがこの本を手に取らなかったとしたら、これほど残念なことはありません。これは、あたかも、実際に音楽を聴かなくてもクラシックの知識が身につくビジネス本であるかのような隠れ蓑をまとっていますが、本当はすでにべっとりとクラシック音楽に浸りきっている人ほど読んで楽しめるという、実に怪しげな本なのですからね。
まず、ビジネス書としての体裁を保つために、著者は、もし商談などの相手がクラシック・ファンだった時のために、「これだけ知っていれば相手に気に入られる」知識を伝授しようとしています。しょうだんです(そうなんです)。これはあくまで、企業で高い地位にある人はクラシックに関する素養があるものなのだ、という決めつけの上に成り立っているロジックなのですね。ハイソの人がクラシックを好むのは、著者にとっては既成事実なのですよ。ですから、もはや社会常識と化している「会社の偉い人はクラシックなんか聴かず、もっぱら演歌が大好き」という概念は、あきらかに間違っていることにだれしもが気づかされるのです。。
そこで伝えられる「極意」は、確かに納得できるものでした。要は、知ったふりをするのが一番いけないのですね。なまじ断片的な知識を披露すると、墓穴を掘ることになるのです。そこで、著者はそんな小手先の知識ではなく、例えば世界史にリンクしたクラシック、みたいな、より「クライアント受け」するような「小ネタ」を提供してくれます。ところが、例えば第3章の「これさえ知れば、あなたも『教養人』!」あたりを丸暗記して「クラシック好きのクライアント」におべっかを使ったりしたら、逆にそのクライアントは引いてしまうこと間違いなしなのですよ。それは、安岡信郎が、義父の下村建造に気に入ってもらいたいために付け焼刃で新聞を読んで社会問題を論じるようなものなのです。「オーストリア」と「オーストラリア」と言い間違いしてしまうのが関の山ですよ(「梅ちゃん」ね)。
ですから、そんな難しいことはしようとはせず、ここはまず著者ならではの発想の豊かさを味わってはみませんか?たとえば、「『古楽器』とは、中古の楽器のことではない」という一節を読んで、本当にそのおかしさがわかるのは、かなりのクラシック・ファンに限られてしまうはずです。この本にはそういう意味でのきわめて上質の「笑い」が至る所に込められています。
とは言っても、最後になって「音楽のすばらしさは聴かなければわからない」などと言われれば、タイトルにつられてこの本を買ってしまった人は怒り狂うことでしょう。でもこれは、そこまで計算された、見事な「オチ」なのです。
ただ、著者が、「クラシックは『楽譜』と使った音楽」と言い切っているのは、実は他の人の著作からの引用です。この件も含めて、おそらくまだパブリック・ドメインにはなっていないような事柄があちこちにちりばめられており、もちろんそれが「小ネタ」としての価値を高めているのですが、普通の本であればそれを「参考文献」として明示しないことには、著者の品格が疑われかねません。「ビジネス書」の体裁をまとったのは、それを避けるための、これも計算なのでしょう。

Book Artwork © Nikkei Publishing Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-08-21 22:32 | 書籍 | Comments(0)