おやぢの部屋2
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GÓRECKI/Little Requiem for a Certain Polka etc.
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Anna Górecka(Pf)
Carol Wincenc(Fl)
Antoni Wit/
Warsaw Philharmonic Orchestra
NAXOS/8.572872




クラシックの曲の中には、なぜかポップス・チャートで上位を占めてしまったために、文字通り「大ヒット」してしまったものがあります。その代表はなんと言ってもプッチーニの「誰も寝てはならぬ」でしょう。1990年にイタリアで行われたサッカーのワールドカップの時に、イギリスのラジオ局がパヴァロッティの歌うこの曲をテーマ曲として流したことで、なんとヒット・チャートの1位を何週間か確保してしまったのですね。この曲は、2006年の冬季オリンピックでも、さらにその人気に火がつくことになりましたね。
1990年代に、やはりイギリスのラジオでのヘビーローテーションからチャートインしてしまったもう一つの曲が、ポーランドの作曲家、ヘンリク・ミコワイ・グレツキの「悲歌のシンフォニー」です。タイトルからして一般受けするものですが、正確には彼の3番目の交響曲、楽章も3つあり、全曲演奏するには1時間を要する「大曲」ですが、全篇を覆う流れるような美しさが、当時の「ヒーリング・ミュージック」のブームに乗って、ブレイクしたのでしょうね。
ただ、この曲が作られたのは1976年、それが、1991年にNONESUCHに録音されたものが、ラジオの担当者の耳に止まったことにより、これ1曲だけで、それまではほとんど知られることのなかったグレツキ本人も、それまでのゴロツキから一転して有名作曲家の仲間入りをすることになりました。
実は、彼は同じポーランドの作曲家、ペンデレツキとは同じ年に生まれています。いわば「同期生」で、最初の頃は二人は同じように当時の新しい技法を追求した作品を作っていました。あちらは1960年代の「前衛」の時代に華々しくデビューしてしまったばかりに、後に作風を変えたことによって世間から白い目で見られることになるのですが、グレツキの場合は、すっかり「おとなしい」作風に定着してしまってからのブレイクでしたから、逆に居心地が悪かったのではないでしょうかね。
このアルバムでは、ペンデレツキでおなじみのヴィットの指揮で、「悲歌のシンフォニー」周辺の作品を聴くことが出来ます。実は、ヴィット自身も「悲歌~」を199312月に、それこそ「便乗」でNAXOSに録音していました。その時のカップリングが「3つの古い様式の小品」という、「悲歌」のイメージを裏切らない穏便な曲だったのも、そのような情勢での配慮だったのかもしれません。しかし、ここでは、もはやそんな腰砕けのことは、やってはいません。ペンデレツキのさまざまなアルバムで見せたようなカップリングの妙を、彼はここでも充分に発揮していたのです。
まずは、この中では一番新しい1993年の作品「あるポルカのための小レクイエム」です(ちなみにNMLではこのタイトルを「サートゥン・ポルカ~」と訳していましたね。なんとかしてください)。「レクイエム」とは言っても声楽は全く入っていないのが、まずは最初のサプライズ、これはピアノと13の楽器という編成なのでした。チューブラー・ベルで音楽が始まるという、いかにもな導入ですが、そのうちにまるで「ゴジラ」そっくりの音楽が登場してさらに驚かされます。そしてそのあとが、それまでとはまったく脈絡のないただ明るいだけの運動会のような「ポルカ」の登場です。もしかしたら、作曲家自身も「悲歌」の呪縛から逃れたかったのでは、と思えてくるような落差の大きさです。実は「ゴジラ」は、「悲歌」以前、1973年に作られた「3つのダンス」でも登場します。それは1曲目、2曲目はまさに「悲歌」そのもののトランクィロですが、3曲目は文字通り軽やかな「ダンス」です。いずれにしても、「悲歌」しか聴いたことのない人には、驚きの連続でしょう。
さっきの「レクイエム」と、1980年にホイナツカのために作ったハープシコード協奏曲のピアノ・バージョンでソロを弾いている、作曲家の娘であるアンナ・グレツカには、そんなことは最初から分かっていたのでしょうね。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-09-06 21:56 | 現代音楽 | Comments(0)