おやぢの部屋2
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山田一雄の世界
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山田一雄/
二期会合唱団
読売日本交響楽団
NAXOS/NYCC-27270



今年は、指揮者の山田一雄の生誕100年にあたるのだそうです。さらに去年は没後20年と、何かとこの往年の名指揮者にゆかりのある年回りだということで、彼の知られざる音源などがかずおおく「復刻」されているようですね。その流れで、今回Naxos Japanからは、その名も「山田一雄の世界」という、普通はまず曲目が記されるべきタイトルに「指揮者の名前だけ」という潔いアイテムがリリースされました。
ただ、このアルバムの場合、録音された1970年代、1980年代のそもそもの企画が、大曲を演奏することによってその指揮者の芸術を広く知らしめる、といった性質のものではなく、有り体に言えば「名曲アルバム」、あるいは「鑑賞教材」のようなものでしたから、それをそのままリリースしたのでは身も蓋もない、といった事情もあるのでしょう。いずれにしても、これは「今」ならではのタイトル、そして写真です。ほんと、これはまるで石像のような、殆ど神格化された山田の写真ですね。
そのようなものですから、当然ライナーノーツも張り切って山田の業績の賞賛に終始しているのかとおもいきや、岩野裕一氏の文章ではなんとも生臭い「当時の事情」が述べられていたのには、ちょっとびっくりです。それは、岩野氏ならではの緻密なデータに基づく、NHK交響楽団との確執です。山田はそのオーケストラの前身である「新交響楽団」→「日本交響楽団」の指揮者として活躍していたにもかかわらず、「NHK交響楽団」に改組された時にはその地位を外国人指揮者に譲らなければならなかったのですね。そのような人事には、当時のN響の理事長の力が大きく働いていたそうで、その理事長が日本人で重用したのは、別の2人の若い指揮者だったのです。
思い起こしてみれば、物ごころついた頃のテレビのオーケストラ番組では、よくNHK交響楽団の演奏が放映されていました。そこでは、その「若い指揮者」たちが指揮をしている姿もあって、まあ、オーケストラの指揮者というのはこんなものなのだろうというような固定概念がほぼ刷り込まれていました。そこに、どういう状況だったのかはすっかり忘れましたが、いきなり山田が指揮をしている映像を見る機会があったのですよ。それは、今まで抱いていた指揮者像を完全に覆す、ショッキングな体験でした。指揮者というのは、これほどまでに雄弁に音楽を語れるものだったのか、と、その時の山田の姿に打ちのめされたような気がしたものです。そんな源体験のよりどころを、この岩野氏のライナーによって今さらながら気づかされました。
その次のページからは、このような国内企画のCDには必ず載っている「楽曲解説」が続いていました。ありきたりの、それこそカビの生えたような古臭い(事実、それは半世紀近く前に書かれたものだったりします)この業界の「お約束」ですから、普通はまず読んだりすることはないのですが、そこにあったライターの名前に、ちょっと反応してしまいました。この篠田綾瀬さんという方は、10年近く前に出た本の中で名前を見てからちょっと注目していたのですが、それ以降はとんと目にすることはなかったので、もう引退されたのかと思っていたら、まだしっかり「現役」だったのですね。以前の彼女(なんでしょうね)が発していた斬新な視点をここでも感じることが出来て、少しうれしくなりました。
その解説の中で、解説にはあるまじき主観的なコメントが加えられていたチャイコフスキーの「1812年」が、この中では最も山田の奔放さが発揮されている録音なのではないでしょうか。冒頭だけでなく、クライマックスでのコラールでも合唱が入って大いに盛り上げてくれますし、なんと言っても圧巻はカリヨンの音でしょう。それは、まさに渾身の力を振り絞った山田の演奏が終わってからも、延々と鳴り響いているのですからね。

CD Artwork © Naxos Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-09-16 21:13 | オーケストラ | Comments(0)