おやぢの部屋2
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MOZART/Don Giovanni
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Ildebrando D'Arcangelo(DG), Diana Damrau(D. Anna)
Rolando Villazón(D. Ottavio), Joice DiDonato(D. Elvira)
Luca Pisaroni(Leporello), Mojca Erdmann(Zerlina)
Yannick Nézet-Séguin/
Mahler Chamber Orchestra
DG/00289 477 9878




一瞬、高田純次がやっている宝くじ(高田くじ)のCMを思い浮かべてしまいましたよ。こちらも、目のまわりに「D」と「G」なんかを縫い付けたら面白かったのに。
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このアルバムの分厚いブックレットでは、この「ドン・ジョヴァンニ」の新録音を始めることになった経緯が述べられています。そこではとても正直なメーカーの本音が綴られていて、ちょっと感動すらおぼえるものでした。かつては、レコード会社がカタログをそろえるために多くのオペラの録音を行ったり、あるいは指揮者が自分の演奏を後世に残したいと思うものを録音したりしていたものですが、もうそんな時代は終わった、と言い切っているのですね。オペラを録音するには膨大な経費がかかるため、今ではもっぱら実際の公演を記録した映像の販売が主流になっています。そんな中で、DGは、かつて1960年代から1970年代にかけてカール・ベームの指揮で制作したモーツァルトのオペラのツィクルスを、別のやり方で新たに作り上げようとする企画を立てたのだそうです。全作品は無理ですから、ベームの時と同じく有名な7つの作品(言えますか?)に限っての制作になるのですが、1作ずつキャストやオーケストラ、そして指揮者を厳選して、バーデン・バーデンの祝祭劇場で何回か上演(コンサート形式)したものをすべて録音し、それを編集して製品に仕上げる、というものなのだそうです。確かに、ベームのツィクルスでも色んなオーケストラが使われていましたね。
形としては、今では普通に行われているスタイルですから別に珍しいものではありませんが、出来合いの公演を録音するのではなく、あくまでDG(というか、UNIVERSAL)がイニシアティブをとったプロダクションというのが、「レコード会社」としての最後の意地なのでしょうか。
そんな体制でスタートしたDGの新モーツァルト・ツィクルスの皮切りが、2011年7月に録音された「ドン・ジョヴァンニ」です。指揮はネゼ=セガン、オーケストラはマーラー室内管という注目の組み合わせ、ソリストも今が旬のスターたちが集められています。
タイトル・ロールを歌うのはダルカンジェロ、この人は、こちらの映像のように、ずっとレポレッロだと思っていたのですが、いつの間にかすっかり貫禄がついて、もはや押しも押されもせぬこの役の第一人者になったのだな、というのが、今回の演奏でもよくわかります。横暴さを伴う威厳とともに、ちょっと引いた感じの歌い方で落差を付けるという技も身につけていましたね。「セレナーデ」での繊細さには、ちょっと驚いてしまいました。
しかし、一番驚いたのが、ドンナ・アンナのダムラウと、ドンナ・エルヴィラのディドナートです。どちらも、とてつもない存在感で迫ってきます。特に、ディドナートの方は、そもそもはエリーナ・ガランチャの代役だったというのに、ここでは完全に主役以上の働きを務めています。力のある低音と豊かな表現力、彼女からは目を離せなくなってしまいました。
ただ、ドン・オッターヴィオのヴィリャゾンはあまりにも投げやり、ツェルリーナのエルトマンも、こちらの段階から何の進歩もないおおらかな歌い方でした。
オーケストラは、極力ノン・ビブラートで、爽やかなモーツァルトを聴かせてくれています。こちらも名手揃い、第2幕フィナーレのバンダでは、装飾たっぷりの「ハルモニー」まで披露してくれますよ。もちろん、ネゼ=セガンの表現は完璧です。
そして、「TRITONUS」のノイブロンナーが手がけた録音も完璧でした。例えばサンフランシスコ交響楽団のマーラーで聴かせてくれたような楽器の質感まで伝えられる力は、CDであるにもかかわらず、ここでも存分に発揮されていました。聴衆の笑い声なども聴かれて、ライブ感満載、しかし、アリアの後の拍手などは全く聴こえません。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
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by jurassic_oyaji | 2012-09-22 22:34 | オペラ | Comments(0)