おやぢの部屋2
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TCHAIKOVSKY/Symphony No.6 Pathétique
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Thomas Dausgaad/
Swedish Chamber Orchestra
BIS/SACD-1959(hybrid SACD)




シューベルトで、小編成を逆手にとって目覚ましい演奏を聴かせてくれたダウスゴーとスウェーデン室内管弦楽団が、今回はチャイコフスキーの「悲愴」に、同じ方法論で挑戦してくれました。つまり、普通はシンフォニー・オーケストラが演奏しているレパートリーを、「チェインバー・オーケストラ」で演奏する、という試みです。それがどのぐらい特別なことかと強調するために、国内の代理店が用意したコピーは「全38名の室内管弦楽団で『悲愴交響曲』を初披露」というものでした。
こういう宣伝用の資料というのは、決して鵜呑みにしてはならない、というのは、もはや常識です。なにしろ、こういうものを書く輩といったら、CDを売るためだったらどんな卑劣なことでもやりかねません。実際に演奏など聴いていないのに、さも聴いたかのように文章をでっちあげることなど日常茶飯事、人の目を引くためなら事実無根の事柄でも堂々と書き連ねるのですからね。となると、この「全38人」というのも、疑ってかからなければいけません。はたして、それだけの人数でチャイコフスキーの「悲愴」を演奏することなど、出来るのでしょうか。物理的に考えると、この曲では弦楽器以外に必ず1人以上いなければならない楽器を演奏する人が22人必要です(詳細はこちらあたりで)。ですから、弦楽器は残りの16人ということになるのですが、これだと例えば5.5.3.2.1程度の編成でしょうか。いくらなんでもこの曲にコントラバス1本(多くても2本)なんて無茶な話です。なんせ、第1楽章の冒頭ではすべての弦楽器がdivisiになるのですからね。
実は、ここでキングインターナショナル(あ、言っちゃった)が「38人」と書いたのには根拠があります。ライナーノーツには確かに「38 regular members」とあるのですよ。そこで、彼らの公式サイトのメンバー表を見てみると、確かに管楽器は木管も金管(トロンボーン、チューバはなし)も2本ずつ(なぜか、オーボエだけ3本)、打楽器はティンパニだけ、そこに8.6.5.4.3の弦楽器が加わるという編成なのです。これで計40人、コンサートマスターが2人いるので、どちらか片方と、余分のオーボエを除けば見事に「38人」になりますね。ただ、この編成では、「悲愴」を演奏することはできません。ここにさらにピッコロ持ちかえのフルート1(餃子ではありません・・・それは「持ちかえり」)、ホルン2、トロンボーン3、チューバ1、打楽器2を加えなければいけません。そうすると、メンバーは「47人」になりますね。これがこの団体のやり方、あくまでベースは「38人」で、曲によって足らない楽器がある場合は適宜プレーヤーを加える、ということなのですよ。したがって、キングの言う「全38名で『悲愴』」というのは全くのデタラメであることが分かります。
そんなことは、ちょっと考えればすぐわかることなのですが、これを真に受けてこともあろうに「レコード芸術」などという権威ある音楽雑誌に執筆してしまった人がいるのですから、困ったものです。
この演奏は、コントラバスだけで始まる曲の冒頭から、なんとも居心地の悪いものでした。普通のボリューム設定では全然聴こえて来ないのですね。まず、音が聴こえないことには少なくともチャイコフスキーの時代では「音楽」にはなり得ません。そして予想通り、金管が入ってくると全くバランスがおかしくなってしまい、弦楽器はほとんど聴こえなくなってしまいます。確かにこの編成で見えてくるものはあるでしょう。しかし、それはこの曲にとって必要なものなのかは疑問です。せめて、普段は同じぐらいのサイズで活動しているスコットランド室内管弦楽団が、「幻想」を録音した時のように、弦楽器も少し増員してみたらどうなのでしょう。世の中には「人数がいてこそ成立する音楽」というものも確実に存在するのですからね。8型の「悲愴」なんて、しょぼすぎます。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2012-11-05 20:19 | オーケストラ | Comments(0)