おやぢの部屋2
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TOUCHED
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Calmus Ensemble
CARUS/83.379




以前はライプツィヒのレーベルQUERSTANDからアルバムをリリースしていたライプツィヒのコーラス・グループ「カルムス・アンサンブル」は、最近はシュトゥットガルトのレーベルCARUSに移籍したようですね。「カルムス」が「カルス」から、なんて、ほとんど「おやぢ」の世界、というのは、もちろんカタカナ文化圏でしか通用しないネタです。名古屋の文化圏ではどうでしょう(それは「テンムス」)。
レーベルが変わっても、制作スタッフは同じようですので、彼らの演奏スタンスは変わってはいません。ただ、5人のメンバーの中での紅一点だったちょっと太めのアニャ・リプフェルトが、ジャケットの写真ではなんだかもっとスラっとした美人に変わっています。確かに名前もアニャ・ペッヘと別人・・・と思ったら、結婚してラスト・ネームが変わっただけのようですね。そういえば、テナーのメンバーはトビアス・ペッヘという名前でした。彼女のすぐ後ろに寄り添っている彼ですね。そういうことですか。まるで「ABBA」のような、グループ内結婚だったんですね。あそこのアグネタやフリーダみたいに離婚しないといいのですが。
このアルバムは、モンテヴェルディやパーセルといった「古い」音楽と、エルトン・ジョンやクイーンといった「新しめ」の音楽を全く同列に扱って、それを合唱を通して楽しんでもらおう、というコンセプトで作られているのでしょう。驚いたことに、それぞれの曲は全く切れ目なく最後まで続けて演奏されています。ただ、いきなり続けるのもなんだか、という曲の間には、「Interlude」という、ちょっとしたブリッジが設けられています。例えば、1曲目のスティングの「Shape of My Heart」が「heart」という言葉で終わると、コーラスがその言葉を何度も繰り返します。それが、いつの間にか次のパーセルの「Hush, No More」の頭に変わっている、というやり方ですね。これが何度も、様々なアイディアで現れますので、聴いている人は曲が変わったことに気づかずに、最後まで聴き続けてしまうかもしれません。
最も高い声部と、ソロを担当しているアニャは、その声にますます磨きがかかってきたようです。トゥッティとソロとの使い分けはとても見事ですし、ソロになった時にはかなり低い声でもしっかり響いていますしね。さっきのパーセルなどは、まさに完璧なホモフォニック、見事に溶け合ったハーモニーの一瞬一瞬には、ため息が出るほどの美しさがありました。時折男声パートのソロも出てきますが、それは少年のようにハスキーでちょっとはかなげ、それをアニャの声がまるで母親のように温かく包み込んでいる、というのが、彼らのサウンドの魅力です。決してはしゃぎすぎることのない、ちょっと暗めのテイストも、いかにもドイツ人という感じがしませんか?
鳥の声の擬音(もちろん、人の声です)の「Interlude」に導かれて登場したのが、ジャヌカンの「鳥の歌」です。この曲は、作曲者の名前を冠した、あの「アンサンブル・クレマン・ジャヌカン」の怪演がすっかりこびりついてしまった耳には、なんと新鮮に聴こえることでしょう。アニャは、決してドミニク・ヴィスのような素っ頓狂な声を出すことはありませんし、ほかの男声もひたすらおとなしい声でアンサンブルに貢献している、という感じ。ちょっと「教養が邪魔をしている」という感が無くはありませんが、そこからは「いくら鳥でも、楽しいことばかりではないのさ」というような「声」さえ聴こえてきそうな気がしてしまいます。
それだけではありません。ビル・ウィザースの「彼女が去って、太陽は消えた」という悲しい歌「Ain't No Sunshine」には、まるで死にたくなるような暗ささえ秘められてはいないでしょうか。それに答えてモンテヴェルディの「Lasciatemi Morire」ですよ。これも、そんなに死にたいのなら、死んでしまいなさい、と言いたくなるような暗さ、なんと恐ろしいアルバムが出来てしまったことでしょう。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2012-11-07 20:04 | 合唱 | Comments(0)