おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
BEETHOVEN/Symphony No.3, MENDELSSOHN/Symphony No.4
c0039487_23343914.jpg



Bruno Weil/
Tafelmusik Baroque Orchestra
TAFELMUSIK/TMK1019CD




カナダのターフェルムジーク・バロック・オーケストラが新たに立ち上げた自主レーベルについては、先日ご紹介しました。その時は以前SONYから出ていた昔のアイテムの移行品だったのですが、今回はこのレーベルによる最新録音、言ってみればデビュー作です。なんせ、今年の5月のコンサートのライブ録音ですからね。まだ、湯気が立っているほどですよ。
録音を担当しているのは、SONY時代に引き続き「TRITONUS」だったのは、嬉しいことです。というか、彼らはレーベルに関係なく、ずっとこの録音スタジオのクライアントだったようですね。現在では、かつてあったようなレーベル独自のサウンド・ポリシーというものは失われてしまいましたが、このようにアーティストがどのようなプラットフォームでも常に同じスタッフに録音を任せるということで、しっかり独自の「音」を主張できるようになっているのでしょう。そういう意味で、オーケストラの自主レーベルというものも、結果的に大レーベルの言いなりではない自分たちのサウンドを打ち出せる絶好の場となりうるものなのかもしれません。
収録曲はメンデルスゾーン、ベートーヴェンの順に入っているのですが、あえて「エロイカ」から聴いてみましょうか。なんせ、このオーケストラの編成は、弦楽器が7.6.4.4.3という、通常のモダン・オーケストラの半分以下の陣容ですから、この曲のような堂々としたイメージが固定化されているものではどんなことになるのか、とても興味がありますからね。
予想通り、この「エロイカ」はとても小気味よいものでした。いや、それはすでに20世紀後半の多くのピリオド・オーケストラによって味わっていたものではあったのですが、そのような流れがいったんモダン・オーケストラでも試みられた後での、まさに一皮むけた21世紀の「ピリオド」の新しいスタイルがここでは感じられたのです。
それがどういうものなのかを的確に言い表すのは困難ですが、なにか、すべての面で吹っ切れた奔放さのようなものは、その一つの表れなのではないでしょうか。ここでは、長い年月をかけて培われてきたであろう、ベートーヴェンの演奏の「伝統」のようなものは、ものの見事に消え去っています。
そんな風に思える一つの例は、第1楽章の展開部のちょうど真ん中あたり、次第に合奏が盛り上がって最後はFmaj7の緊張した和音で終止した後、その緊張を解くかのように弦楽器だけで減7くずれ→属7と解決していく4小節間の間です(280-283)。この部分を、今までの「伝統的」な演奏ではかなりの「ドラマ」を演出していたものでした。それは、「ピリオド」の先駆けであった「ハノーヴァー・バンド」や「ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ」であっても少なからず行われていました。しかし、ここでのヴァイルの指揮は、いとも淡々と楽譜通りに進んでいくだけ、余計な仕草は一切差し挟まない潔さです。どんな場面でも一瞬たりとも立ち止まらず突き進むスタイルは、ありそうでなかったもの、おそらく、このあたりがこれからの「世界標準」になってくるのでは、という思いに駆られるほどです。
トリトヌスの録音は、ヴァイオリンのガット弦の繊細さを、しっかりとした力強さに変えていました。そこからは、ベートーヴェンに対する明晰な意図さえ受け止めることが出来るでしょう。そんな流れの中で、第2楽章で聴こえてくる鄙びたオーボエの音色などは、的確なインパクトとなっています。
ところが、なぜかカップリングの「イタリア」では、テンポはもたついているし、管楽器のテクニックは冴えないし、徒(いたずら)に鈍重な表現に終始しているのが不思議なところです。ライブだからこんなこともあるのでしょうが、もしかしたら、ヴァイルはメンデルスゾーンにこそ「重み」を持たせたかったのかもしれません。しかし、それはちょっと賛同しかねる企てです。

CD Artwork © Tafelmusik Media
[PR]
by jurassic_oyaji | 2012-11-23 20:46 | オーケストラ | Comments(0)