おやぢの部屋2
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牧神から吹いた風
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寺本義明(Fl)
野平一郎
(Pf)
FONTEC/FOCD 20090




もうだいぶ前のことですが、テレビで音楽コンクールのフルート部門の入賞者の演奏を放送していた時がありました。その時に出ていたのが、寺本義明さんです。いったい何位に入ったのかなどはすっかり忘れてしまいましたが、その、あまり華のない、はっきり言って野暮ったい風貌と、そんな外観を裏切らないとても素朴で手堅い演奏だけは、なぜだか覚えています。その時の寺本さんのポストは名古屋フィルの2番奏者だったはずです。コンクールに入賞しても、首席奏者にはなれないのだなと、その時思ったことも覚えています。
そして、ごく最近、東京都交響楽団がマーラーの交響曲第8番を演奏した模様をやはりテレビで見たときに、その寺本さんがトップの席に座っているのに気づきました。やはり、この人はしっかりと頭角を現していたのですね。
正確には、2000年からこのオーケストラの首席奏者を務めている寺本さんは、音楽大学ではなく、京都大学の文学部を卒業していたことを、今回のアルバムのプロフィールで初めて知りました。大昔ならいざ知らず(日本フルート界の草分け、吉田雅夫さんや、日本フィルの初代首席奏者峰岸壮一さんなどは、慶應義塾大学卒業)音楽大学を出てさえも、オーケストラの団員として「就職」できる人などほとんどいない今の時代に、首席奏者のポストを得るだけではなく、こんな風にCDまで出せるのですから、世の音大生はさぞや悔しがっていることでしょう。しかし、音楽の修行などというものは言ってみれば「芸事」ですから、本当は、才能さえあれば学歴などはあまり関係がないものなのでしょう。というか、そもそも音楽なんて「大学」で学ぶようなものではないのかもしれませんね。
このアルバムのタイトルは、たぶん寺本さんが付けられたのでしょう。いかにも「文学的」なフレーズ、どこぞとは言いませんが、某ナクソスのキャッチ・コピーとは雲泥の差です。「牧神」というのは、もちろんここで最初に演奏されているドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」のことです。「吹いた風」というのも、もちろん「風」である「息」を使ってフルートを演奏することを指しているのでしょうが、それだけではなく、もっと形而上的な意味まで含まれているに違いありません。そんな、ドビュッシーからピエール・ブーレーズに至るまでのフランスのフルート音楽の系譜を、「風」に乗せて辿ろうというのが、寺本さんの思いなのでしょう。
その「牧神」は、まさに新しい「風」にふさわしい、まるで音の原初ともいえるサイン・カーブのような音色のフルートで始まりました。野球の話をしているのではありませんよ(それは「カーブのサイン」)。極力ビブラートを抑えられたドビュッシーのフレーズは、まるで水墨画のような世界を思わせるものです。と、そこに野平さんのピアノが、控えめに「色」を付け始めると、そこは紛れもないフランスの世界に変わります。
続く、ミヨー、オネゲル、プーランクといった、いわゆる「6人組」の音楽になると、寺本さんの明晰なフレージングが、これらの作品をほんの少し「フランスらしさ」から遠のけているような印象が与えられます。それは、「エスプリ」などと称されるこじゃれた趣味からは、出来ることなら逃れたいという演奏者の意思のようにも思えます。もしかしたら、それは、次のジョリヴェ、メシアンといったハードな音楽を経て、あくまで最後のブーレーズを目指しているという意思だったのかもしれません。
そう、このアルバムでの目的地は、あくまでこの「ソナチネ」だったのではないか、と思えるほどの、それはハードでパワフルなブーレーズでした。拍手。
ちなみに、使用楽器が「19.5K Gold/10K Gold」と、まるで2種類のフルートを使い分けているような表記になっていますが、これは本体には19.5K、メカニズムには10Kの金が使われている楽器という意味です。

CD Artwork © Fontec Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-12-23 21:20 | フルート | Comments(0)