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JACKSON/Requiem
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Jeremy Backhouse/
Vasari Singers
NAXOS/8.573049




英領バミューダ生まれのイギリスの作曲家、ガブリエル・ジャクソンの作品を初めて聴いたのは2、3年前の事でした。そのHYPERIONのレイトン盤で知った彼の「古くて新しい」作風には、とても惹かれるものがあったという印象があります。そして、今回のNAXOS盤に収録されているのは、それ以後に作られたものを2001年に録音したもの、すべて世界初録音となっています。それらは、2008年に、ここで演奏しているヴァサリ・シンガーズの委嘱で作られた「レクイエム」と、やはり死者に向かい合った時に作られた2009年の「In All His Works」と、2010年の「I am the Voice of the Wind」です。さらに、指揮者のジェレミー・バックハウスのチョイスで、同じようなシチュエーションのための作品、ボブ・チルコットの「Rosa Mystica」、ジョン・タヴナーの「Songs for Athene」、フランシス・ポットの「When David Heard」の3曲がカップリングされています。
ジャクソンにとっては初めての挑戦となる「レクイエム」は、無伴奏の混声合唱だけで歌われます。やはり、彼の「中世への回帰」スタイルは健在です。何しろ、最初に出てくるのがプレイン・チャントの「Requiem aeternam」なのですからね。最も「基本」であるグレゴリアンから始まったこの曲ですが、テキストはもちろん現代の「レクイエム」には欠かせない「典礼文+アルファ」になっています。
その最初の「アルファ」、2曲目の「Epitaph」は、それまで聴こえていた清らかな流れを突然断ち切るようなほとんどフォークロアに近い粗野な音楽だったのには驚いてしまいました。3年経って、新たなジャクソンの一面が現れたのか、と思ってしまうほどの衝撃だったのですが、それはよくよく聴いてみるとノートルダム楽派あたりのオルガヌムっぽいテイストを持っています。別に気持ちよくなることはありませんが(それはオルガスム)。そう、ここでジャクソンは、彼の信条を変えることなく、新たな切り口で「中世」を見事に演出していたのですね。そのモノディは、やはり中世的な多声音楽に彩られます。しかし、それはなんと、つい最近の「現代音楽」に酷似していることでしょう。かつてのペンデレツキが得意にしていた一見無作為な音列のように聴こえるクラスターが、明らかにそこには出現していたのです。そのような、ある種効果音のような中から、ある時はとびきり美しいメロディが沸き立ってくれば、つい興奮させられてしまいます。
実は、これらの「アルファ」は、アボリジニーやネイティブ・アメリカン、そして日本(北条氏政!)などのポエムの英訳。しかし、敢えてそれぞれの民族の固有の音楽には似せないあたりが、彼のこだわりなのでしょう。
後半の「Sanctus」や「Lux aeterna」には、すでに「アルファ」が混入していました。そこにジャクソンは、それぞれのテキストに全く異なるかたちの音楽を割り振って、幾重にも積み上げられた壮大なポリフォニーを作り上げています。これはまさに「音の伽藍」ともいえる巨大な建造物、合唱だけでこれだけの世界を作り上げるなんて、ほとんど奇跡です。
そんな複雑な音楽を軽々と音にしているヴァサリ・シンガーズは、やはりすごい合唱団ですね。随所に出てくるソロもメンバーが歌っていますが、それぞれにしっかりとした存在感を出していますし。
これだけドラマティックな音楽を体験してしまうと、同梱のほかの作曲家の作品がなんだかずいぶんチープに思えてしまいます。チルコットの「Rosa Mystica」は、あのパッヘルベルの「カノン」に歌詞をつけただけのもの。聴いてて恥ずかしくなってしまうほどの駄作です。タヴナーはまさにヒーリングの王道ですが、そのあまりに楽天的な音楽は、もはや彼の役割は終わっていることを知らしめるものでしかありません。ポットの作品は、これが初録音、そもそもポット自身も初めて聴いたのですが、これはなかなか充実感がありましたね。ウィテカーの同じタイトルの曲と聴き比べてみるのもいいかもしれません。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-01-10 20:14 | 合唱 | Comments(0)