Sabina Cvilak(Sop)
Gianandrea Noseda/
Orchestra & Coro Teatro Regio Torino
CHANDOS/CHAN 10750
ノセダが
CHANDOSレーベルで展開している「
Musica Italiana」というシリーズでは、
20世紀のイタリアの作曲家をシリーズで紹介しています。音楽用語がすべてイタリア語であることからわかるように、かつては音楽の中心地はイタリアでした。あのモーツァルトも、まず身に着けたのはイタリアの様式だったのですね。しかし、時代が進むにつれて「音楽=イタリア」という図式は次第に意味を持たない概念となっていきます。
20世紀初頭の作曲家の作品に対してわざわざ「
Musica Italiana」などと言わなければならなくなったのは、まさに「イタリアの音楽」の凋落ぶりを象徴しているのではないでしょうか。ブルーノ・マデルナ、ルイジ・ノーノ、ルチアーノ・ベリオといった「現代音楽」のスターが現れるのは、もう少し先のことです。
いずれにしても、ダラピッコラやカゼッラといった、中途半端な知名度を持つ作曲家に続いてノセダが取り上げたのが、ゴッフレード・ペトラッシでした。この作曲家は、少なくともイタリア人の間では、
新しく出来たホールに名前が付けられるぐらいですから、かなりの人気があるのでしょう。
1904年に生まれ、
2003年に亡くなったという長寿ぶりも、あるいは功を奏したのかもしれません。ストラヴィンスキーに影響を受けた「新古典主義」をベースに、イタリア的な色彩感を加味した作風、というのが一般的な評価のようですね。合唱曲では、エドワード・リアのナンセンス・ライムをテキストにした「ナンセンス」という作品が有名でしょうか。中世のマドリガルを模した軽妙な佳作ですが、グリッサンドなどを多用して独特な効果をあげているのが当時としての「新機軸」だったのでしょう。
「ナンセンス」は第二次世界大戦後の作品ですが、このアルバムには大戦前、
1930年代の2つの作品が収録されています。いずれもオーケストラと声楽のための大規模な宗教曲、
1940年に完成した「マニフィカート」と、
1936年の作品「詩篇第9篇」です。
ソプラノ・ソロと混声合唱、オーケストラのための「マニフィカート」は、なんとこれが世界初録音、作られてから
70年以上も経ってやっと「お茶の間」で聴けるようになったのですね。まず、冒頭の弦楽器の応酬から、いかにもイタリア的な明るい音楽が現れますが、続く合唱はそんなノーテンキなものではなく、ちょっと退廃的な陰を落としているあたりが、「新古典主義」と言われる所以でしょうか。これを、もしさらりと「現代的」に処理をしていれば、あるいは得も言われぬ魅力が漂ったのかもしれませんが、このオペラハウスの合唱団はなんとも情感たっぷりに、というか、殆どコントロールがきかないほどの厚ぼったい表情で歌っているものですから、なんとも暑苦しい音楽に終始しています。
ソプラノ・ソロは、わざわざ「ソプラノ・レッジェーロ」という指定がある通り、軽やかな声でコロラトゥーラを披露することが期待されています。しかし、この人もやはり軽さには程遠いドラマティックな声の持ち主でした。その声で歌われるかなり無調のテイストの強いメロディは、なんとも重たい印象しか与えてくれません。4曲目のソロなどは、オーケストラの木管による繊細な伴奏に彩られた、とてもきれいな曲なんですけどね。ジャズ風のリズムに乗ってひっそりと終わる最後の曲も、肩透かしを食らったようで印象的。
「詩篇」になると、音楽は一変して分かりやすいものに変わります。まず、編成がオーケストラから木管楽器がなくなり、メインは金管の響き、そこにピアノが2台加わります。このオケのサウンドはとてもきらびやか、それがミニマル風のオスティナートを繰り返すと、そこに広がるのはまるでオルフの「カルミナ・ブラーナ」の世界です。オルフの作品も完成したのは
1936年、この2曲の間には、何か関連性があったのか、ご存知の方は
おるふ?
CD Artwork © Chandos Records Ltd