おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem
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Phyllis Curtin(Sop), Florence Kopleff(Alt)
Blake Stern(Ten), Mac Morgan(Bar)
Charles Munch/
Tanglewood Choir
Boston Symphony Orchestra
TAHRA/Tah 734




1968年に亡くなった往年の指揮者、シャルル・ミュンシュが、1962年に演奏したモーツァルトの「レクイエム」の録音などというものが発売されました。寡聞にして、ミュンシュがこんな曲をレパートリーにしていたなんて知りませんでした。たぶん、公式にリリースされたものはこれが初めてなのではないでしょうか。
ブックレットにある資料によると、ミュンシュはバッハなども演奏していたそうです。「ヨハネ」は10回、「マタイ」は9回、「ロ短調」は5回生前に演奏していたそうですよ。そして、モーツァルトの「レクイエム」は、パリ音楽院管弦楽団時代に2回、ボストン交響楽団時代に4回演奏しています。そのボストン時代の最後の年の7月22日に演奏されたものが、この録音です。
恐らく、ラジオ放送用の音源なのでしょう、最初と最後にはアナウンサーの声で「ソリストが入ってきました」というような実況の音声が聴こえてきます。もちろんモノラル録音、不安定な部分もありますが割と聴きやすい音になっています。というより、ここでのミュンシュがふりまいている圧倒的なテンションには、つい引き込まれていって多少の音の悪さなどは全く気にならなくなってしまいます。ミュンシュのライブ録音では何度も味わってきた高揚感に、ここでもたっぷり浸ることが出来ますよ。
Introitus」はたっぷりとしたテンポで重厚に迫ります。合唱はかなりの大人数で、繊細さからは程遠い荒っぽさが目立ちますが、なぜかそれがすんなり許せてしまうほどの、情熱のようなものを感じてしまいます。決してきれいにまとめようとするのではない、特別な推進力が働いているようにすら思えてきます。ソプラノ・ソロも、とても毅然とした歌い方で、意志の強さを伝えようとしているのではないでしょうか。
Dies irae」になると、冒頭の合唱はまるでシュプレッヒゲザンクのような、もう完全な「叫び」になっています。この曲をここまで激しく歌っているのは初めて聴いたような気がします。それを後押しするかのように、トランペットの炸裂がやはり聴いたことないようなバランスで響き渡ります。ジュスマイヤー版のトランペットがこれほどまでにはっきり聴こえてくる録音もないはず、たまたまマイクとの相性が良くてこんなに目立ってしまったのでしょうが、もちろんそこにはミュンシュの意思もしっかり感じ取ることが出来ます。
Tuba mirum」になると、ミュンシュはとてつもなく細やかな表情を4人のソリストに要求しているのがよくわかります。フレーズの一つ一つに、たっぷりとした思いが込められています。これ以上やると、それこそメンゲルベルクみたいな鼻持ちならないものになってしまうのでしょうが、ミュンシュはその一歩手前で、確かな情感を伝えることに成功しています。
Rex tremendae」では、さらなる衝撃が待っていました。やはり激しい語り口で進んできた合唱が、最後の「salva me」になったとたん、それまでとはガラリと表情を変えて、見事に「ピアノ」の世界を作り出したのです。こんな繊細な表現ができることを、彼らはずっと隠していたのですね。この、まさに思いがけない見事さには、感服するばかりです。
同じようなコントラストを、彼らは「Confutatis」でも見せてくれています。後半の「voca me」からの柔らかい世界は、それまでが厳しかっただけにひとしおです。そして、そのままの平穏さで続く「Lacrimosa」の美しいこと。
面白いことに、ミュンシュは「Benedictus」では、同じ四重唱でありながら「Tuba mirum」のような濃厚な表現を求めてはいません。もしかしたら、彼は本能的にこれはモーツァルトの真作ではないことを感じていたのかもしれませんね。
曲は、まるで銅鑼でも使っているかのようなティンパニの強打の中で終わります。これこそが、ミュンシュにしかなしえなかったモーツァルトなのでしょう。

CD Artwork © TAHRA
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by jurassic_oyaji | 2013-02-09 20:58 | 合唱 | Comments(0)