Ian Bostridge, Nicholas Mulroy(Ten)
Neal Davies, Roderick Williams(Bass)
Carolyn Sampson(Sop), Iestyn Davies(CT)
Stephen Layton/
Polyphony, Orchestra of the Age of Enlightenment
HYPERION/CDA 67901/2
レイトンとポリフォニーによるバッハの
CDなんて、たぶん初めて聴くことになるはずです。ディスコグラフィー的には、新しい作曲家の作品をどんどん紹介する、というイメージが強いので、古典やバロックのレパートリーとは何か違和感がありました。でも、ヘンデルの
「メサイア」などでは、まさにアッと驚くほどの快演を聴かせてくれましたから、もちろん期待はしていました。
しかしブックレットを見ると、なんとあのバッハの権威、
クリストフ・ヴォルフがライナーノーツを執筆しているではありませんか。レイトンたちは、しっかりとバッハ研究の最前線とのコンタクトを取っていたのですね。さらに、彼らはこの「ヨハネ」を毎年ずっと演奏していたことも分かります。
CDこそありませんでしたが、実は彼らとバッハとはかなり深い関係を持ち続けていたのですね。
ただ、ヴォルフがライナーの中で詳細に「ヨハネ」の改訂に関する史実を述べているのとは裏腹に、彼らはあくまで一つの「伝統」である、新バッハ全集による演奏というスタンスをとっているのだそうです。その上で、いくつかのコラールでは「部分的」にコラ・パルテのオーケストラをなくしてア・カペラで歌っています。それも、彼らの一つの表現のあり方なのでしょう。さらに、わざわざ普通にオーケストラが入った別テイクも、「付録」として最後に収録するというのも、彼らなりの「原典」に対する姿勢なのでしょうね。
余談ですが、「新バッハ全集」であるベーレンライター版そのものが、
1974年の刊行ということもあって、そろそろ見直しが必要とされているのでしょうか、これまでに「ヨハネ」の
1725年稿(第2稿)と
1749年稿(第4稿)を出版してきた
Carus Verlagが、ついにこの「伝統稿」を出版してくれました。今のところはヴォーカルスコアしか入手出来ませんが、これでベーレンライターの寡占状況は変わっていくのかもしれません。
レイトンたちの「ヨハネ」は、期待通りのすばらしさでした。オーケストラはピリオド楽器のエンライトゥンメント管ですが、レイトンはこれをきっちり掌握して、1曲目の導入から普段合唱で見せているあのハイテンションぶりを見事に聴かせてくれます。そして合唱がそのままのテンションで、メリスマのすべての音にしっかり意味を持たせて歌い出した時には、ほとんど信じられないものに出会ったような気分でしたよ。まるで楽器のような正確なピッチとアーティキュレーション、その上に言葉による感情が加わるのですから、もうそれだけで圧倒されてしまいます。
例のコラールの処理が最初に現れるのが
11番の「
Wer hat dich so geschlagen」です。1回目は楽譜通りに合唱とオーケストラが一緒に演奏しているものが、2回目に同じ音楽が全く異なる表情で現れたときには、一瞬、いったい何が起こったのかわからないほどでした。ア・カペラになっただけでこんなインパクトがあるなんて。歌詞を見てみると、なぜレイトンがこのような措置を取ったのかが分かります。1回目は「誰があなたをこんなに打ったのか」という問いかけ、2回目はそれに対する「私です」という答えになっているのですね。付録のオケ付きテイクと比べてみると、その的確さがよくわかります。声だけで歌われることによって、こんなにも感情がストレートに伝わってくるなんて。合唱に関してはこの「ヨハネ」は完璧、こんなのを聴いてしまうと、世の合唱団はやる気をなくしてしまうことでしょう(それは「
弱音(よわね)」)。
バスのニール・デイヴィスが、とてもソフトな声で慈愛あふれるイエスを演じているなど、ソリストたちも、それぞれに魅力を放っていますが、曲によっては合唱ほどの緊張感が保てないところもあるのが少し残念、それと、やはり
CDではこの合唱の本当のすごさは伝わってはこないような気がします。
CD Artwork © Hyperion Records Limited