おやぢの部屋2
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ヨハネ受難曲のスコア
 きのうの「おやぢ」では、バッハの「ヨハネ受難曲」の楽譜についても触れました。今まで、この曲の楽譜についてはいろいろ調べたり、実際にさまざまの稿による楽譜を入手したりしていたのですが、その中で「未完のスコア」というものの位置づけがいまいち納得できないところがあったのです。これは、バッハが実際に「ヨハネ」を3回演奏(それぞれ、第1稿、第2稿、第3稿という別のバージョンを使用)した後、もう1度演奏する前の1739年に作られたものなのですが、それは途中で中断されていて、残りの部分はほかの人が1749年に完成させたといわれているものでした。1749年といえば、この曲が4回目に演奏(第4稿を使用)された年ですから、当然このスコアを使って演奏したと思ってしまいます。現に、高名なバッハ研究家で、指揮者でもある樋口隆一氏は彼がこの曲を演奏したCDのライナーノーツの中で、「バッハは最晩年(1794年)に至って≪ヨハネ受難曲≫を再演し、その際、上述の未完の総譜を、助手のヨハン・ナタエル・バムラーを使って完成させている。これが最終稿とみなされるべき第4稿にほかならない。」と言い切っているぐらいですからね。
 しかし、実際に「第4稿(1749年稿)」と表記されている楽譜(CARUS)と、「未完の総譜」を元に校訂が行われた新バッハ全集の楽譜(BÄRENREITER)を比べてみると、実際にバッハが書いたとされる最初の10曲は、レシタティーヴォのメロディ・ラインが違っていたり、コラールの最後がピカルディ終止になっていたり、アリアの後奏がカットされたりと、全く別物であることが分かります。しかし、この新全集を校訂したアーサー・メンデル自身が、前書きで「第4稿にたいしては、総譜の浄書が、写譜家によって完成された。」などと言っているのですから、さらにそんな誤解は助長されかねません。
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 そんな時に、やはりこの間「おやぢ」でご紹介した「伝統稿」(CARUS/2012年)の前書きを読んでいたら、校訂者のペーター・ヴォルニーがそんなあいまいさをきれいに拭い去ってくれるようなことを書いていることが分かりました。その骨子は、

  • バッハは、以前「マタイ」でも行ったように、「ヨハネ」でも決定稿を作るために1739年から作業を始めた。
  • 第10番のレシタティーヴォの途中、20ページまで書き終えたときに、その年の「ヨハネ」の上演を中止するよう勧告を受け、作業を中断する。
  • 10年後の1749年に、弟子であったコピスト(写譜家)、ヨハン・ナタエル・バムラーJohann Nathanael Bammlerにスコアの未完部分の作成を依頼、バムラーは当時はまだ残っていた(現在は消失)第1稿のスコアをほぼ忠実にコピーして、新しいスコアの21ページ以降を完成させる。
  • このスコアを用いて、バッハは1749年の演奏を指揮したが、その改訂は演奏家のパート譜には反映されてはいなかった。したがって、ここではバッハの改訂は音にはなっていない。しかし、バッハ自身は、将来はこの改訂稿で演奏することを考えていたはず。

 つまり、ヴォルニーは、「実際に演奏されたことのない稿」ということで何かと批判されることの多い新バッハ全集の形を、しっかり「オーセンティック」であると弁護しているのですね。そうなると、この楽譜のタイトル「Traditionalle Fassung(1739/1749)」の持つ意味がよくわかります。確かにこれはバッハ(1739年)とバムラー(1749年)の二人の手になる稿なのですからね。つまり、普通に「第4稿」と同じ意味で使われている「1749年稿」とは全く別物だと解釈しなければいけないのですよ。これも、輸入楽譜の専門店、アカデミアが、「第10曲までは未完の改訂スコア(1739)に基づき、それ以降は第4稿に依っています。」と、見事に誤解していましたね。実際は、第4稿の第20曲などは「バムラー稿(笑)」とは歌詞が違っていますからね。ただ、楽器編成などは新全集にならって第4稿のものになっています。
 バッハ自身の手によって最初に作られた(ヴォルニーは「スケッチ」と言ってます)全体のスコアは失われてしまいました。したがって、この「バッハ/バムラー稿」が現存するこの曲の唯一の自筆稿(?)となるため、19世紀の「旧全集」では、これがそのままスコアとして採用されました。その後、実際に使われたパート譜などの研究が進み、現在のような詳細な稿の変遷が明らかになってきたのです。はたして、「バッハ/バムラー稿」は、先日お亡くなりになった小林義武さんが言うように「第3.5稿」としての地位を獲得することができるのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2013-03-27 21:41 | 禁断 | Comments(0)