おやぢの部屋2
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BOTTESINI/Messa da Requiem
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Marta Mathéu(Sop), Gemma Coma-Alabert(MS)
Agstín Prunell-Friend(Ten), Enric Martínez-Castignani(Bar)
Thomas Martin/
Joyful Company of Singers(by Peter Broadbent)
London Philharmonic Orchestra
NAXOS/8.572994




久しぶりにNAXOSCDを買ったら、日本の代理店が付けた帯が変わっていました。
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今まで(上)はまさに「帯」というか、Tバック・ショーツのようにほんの少ししか本体を隠していなかったものが、下のようにケース全体を覆う大きさのものになっていました。これは、もしかしたら以前ブログにこんなことを書いていたのが「担当者」の目に留まったためなのでしょうか。まあ、それはあり得ませんが。
スペースが大きくなって字が読みやすくなった分、「間違った」記述も前より目立つようになりました。一番おかしかったのはタイトルの下にある「~による編集版」というやつです。もとは「Edited by ~」ですからそのまま訳したのでしょうが、「編集」というと曲の長さを変えたり、曲順を入れ替えたりするような意味になってしまいますから、これは「校訂」と訳すのが正解です。あとは、スペイン系の人たちで固めたソリストの名前を、普通に英語読みにしているのも気になります。テノールの「Friend」さんは「フレンド」ではなく「フリエンド」でしょうね。
と、帯は非常に残念なのですが、CDそのものは久しぶりの「あたり」でした。コントラバス奏者で、コントラバスの独奏曲を数多く作ったイタリアの作曲家/指揮者のジョヴァンニ・ボッテジーニの「レクイエム」です。この曲は1877年に弟の死を悼むために作られました。当時ボッテジーニはカイロのオペラハウスの指揮者をしていましたが(1871年にヴェルディの「アイーダ」の世界初演を指揮しています)、当地の教会では女性が歌うことが禁じられていたので、初演の時は改訂が加えられました。完全な形での演奏は、1880年にトリノで行われています。ただ、当時の批評家たちは1874年に作られたヴェルディの「レクイエム」と比較して、この作品の価値をほとんど無視してしまったために、ほとんど1世紀の間忘れ去られてしまうことになりました。
そんな「批評家」の耳がいい加減なのは、今も同じこと、そもそも19世紀の宇野功芳たちがこの作品とヴェルディの作品とを同じ次元で論じたこと自体が大きな間違いであったことが、このCDを聴くとよく分かります。ボッテジーニが目指したのはあくまで死者を悼むための敬虔な音楽、ヴェルディのような強烈な自己主張が込められたものとは(音楽としては、それはそれで素晴らしいものです)決定的に方向性が異なっていたのですからね。
おそらく、ボッテジーニは当時の音楽ではなく、もう少し「昔」に作られた「レクイエム」をモデルにしていたのではないでしょうか。たとえばモーツァルトとか。実際、この曲の中にはそんな「古典」に回帰したイディオムがてんこ盛りであることに気づかされます。なによりも、たちどころに心をつかまれてしまう優雅なメロディには自然に気持ちがなごみます。それは、ヴェルディのような押しつけがましいところはまるで感じられない、まさにモーツァルトの世界です。
そんな音楽を聴き続けてくれば、「Sequentia」の最後の曲「Lacrimosa」には期待が高まりますが、その期待は裏切られることはありませんでした。短調の物悲しいイントロで始まったものは、親しみやすいクリシェが登場するあたりでは思わず引き込まれてしまいます。それが後半には長調に変わり、さらに優雅なメロディに支配されるのですからね。
Libera me」は、なんとア・カペラの合唱から始まります。それは、とても透明なテイストを持ったものでした。ただ、ここで歌っている合唱団が、その透明性を十分に出し切れていなかったのが惜しいところです。
指揮のトーマス・マーティンは、このレーベルでもボッテジーニのコントラバスの作品を数多く録音しているコントラバス奏者、作曲家への共感が存分に現れた美しい演奏です。ちなみに、このマーティンと合唱指揮のブロードベントなどが、この曲の楽譜の「校訂」を行っています。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-04-19 23:59 | 合唱 | Comments(0)