James McCracken, Ernst Haefliger, James King,
Wolfgang Windgassen, Jon Vickers(Ten)
Matthias Goerne, Tom Krause(Bar)
David Ward, Paul Schäffler(Bas)
DECCA/480 7062
オーストラリアのユニバーサルが出している
ELOQUENCEというバジェット・シリーズの最新アイテムは、ワーグナー年にちなんだ「ワーグナー・ヒーローズ」というコンピレーションでした。同じシリーズで「ワーグナー・ヒロインズ」というのもありますよ。
こちらでは、主に
1960年代以前の音源が集められていて、往年のワーグナー歌手たちがそれぞれ個性的な歌を披露しているのを楽しむことが出来ます。「ヒーローズ」というタイトルから、てっきり文字通り「ヒーロー」を歌うための「ヘルデン・テノール」が集められているのだと思っていたら、実際はバリトンやバスの歌も入っていました。「オランダ人」がヒーローというのはちょっと納得できませんし、テノールにしてもその「さまよえるオランダ人」に出てくる、ただ「舵とり」というだけで名前も与えられていない役の人がやはりヒーロー扱いされているのは、どう考えても理解できません。もっと内容に即したタイトルを付けないといけ
ないよう。
でも、アルバムのオープニングでは、一応直球の「ヒーロー」で勝負してくれています。
1965年に録音されたもので、ジェームズ・マックラケンによって「マイスタージンガー」のヴァルターとタンホイザーが歌われています。オーケストラはウィーン国立歌劇場管弦楽団、録音場所はウィーンのゾフィエンザールと言いますから、まさに黄金時代の
DECCAサウンドを聴くことが出来ます。エンジニアは違いますが、例の「指環」と共通した音づくりからは、この時代の
DECCAではレーベルとしての確固たるサウンドが確立されていたことがまざまざと知ることが出来ます。そして、何よりもマッケラスの力強い歌い方からは、時代を超えて通用するワーグナー・テノールのあるべき姿が見事に見えてきます。おそらく、フォークトなどは半世紀経った頃にはすっかり忘れ去られていることでしょう。
次の、マティアス・ゲルネのヴォルフラムだけは、
2000年のデジタル録音です。エンジニアはフィリップ・サイニーですが、もはやかつての
DECCAサウンドからはすっかり遠くなってしまった、なにか優等生のような生真面目な音しか聴こえて来なくなっているのは残念です。やはり、
1967年頃のトム・クラウゼやジェームス・キングの録音に聴かれるような、殆どオーバーロードしているぐらいの生々しさの方が、聴いていて気持ちが良いものです。キングが歌っていたのは、最近よく耳にする「リエンツィの祈り」です。こんな頃から、このアリアだけは歌われていたのですね。
この中には、
1950年代のモノラル録音のものも収録されています。まずは
1952年に録音された、こちらは
DGの音源によるエルンスト・ヘフリガーが歌う、さっきの「舵とりのモノローグ」です。これこそ、まさに「ヒーロー」からは程遠いキャラクターですが、「マタイ」などでの厳格なヘフリガーとは全然違う一面が見られて、楽しめます。
そして、やはり
DG音源のモノラル録音、
1953年のヴォルフガング・ヴィントガッセンの若々しい、これぞ極めつけの「ヒーロー」であるジークフリート声を堪能しましょう。ヘフリガー同様、オーケストラの音はかなりしょぼいものですが、逆に声だけは全く古さを感じさせない生々しさで録音されています。
DECCAによるモノラル録音では、
1950年に録音されたパウル・シェフラーの「ヴォータンの別れ」がありました。
DGとは正反対のとても煌びやかなオーケストラの音、しかし、今聴くとあまりに細部にこだわり過ぎて、全体のバランス特に低音が弱く感じられてしまいます。これからたった
10年ほどで、それは見違えるほどに改善されて、他を寄せ付けないほどの完成度を誇るようになるのですね。
そんな、この二つのレーベルの録音史までもが体験できる、興味深いアルバムです。
CD Artwork © Universal Music Australia Pty. Ltd.