おやぢの部屋2
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Geegle
 「あまちゃん」の快進撃は続いています。もうやることなすことが、すべて決まって、どんどんエネルギーが貯まっていく、という感じですね。これが、すべての点で墓穴を掘っていた前回との違いなのでしょう。最近の小技では、ビールの缶に「旬生」とあったのはウケましたね。NHKだから商品名は出せない、という「掟」を逆手にとっての暴れっぷりは爽快です。そう言えば、最初の頃に「Yokatube」というのもありましたね。
 そして、今日も新たな小ネタです。
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 7時半の回を見た時には、当たり前に「Google」だと思って気にもかけなかったのですが、NHKでそれはまずいだろう、と思い直して、8時の回をみたら、やっぱりこんなうれしいことをやってくれていましたからね。これは当然「ジェーグル」でしょう。
 ただ、視聴率ランキングは、「あまちゃん」の独走だと思っていたら、いつの間にか「ガリレオ」が割り込んできて、なかなかのデッドヒートを展開するようになってきました。どちらの番組もお気に入りなので私としてはとてもうれしいのでがね。でも、やはり「ガリレオ」の台本の粗さというか、テレビならではのいい加減さが、ちょっと目立つような気がしないでもありません。あの、毎回の数式を書きなぐってポーズをとる、というパターンは、なんとかならないのでしょうか。ところで、先週の「烏天狗」では、宮司さんは結局どうなってしまったのでしょう。
 そんなことを言ったら、「あまちゃん」だって穴がないわけではありません。そもそもアキちゃんが登場した時にすでに「天野アキ」になっていましたが、その時点ではまだ両親の離婚は成立していなかったので、本当は「黒川アキ」のはずですからね。まあでも、そんないい加減なところも許せるだけの勢いが、この作品にはあるということなのでしょう。
 「勢いがあるから許せる」というのは、音楽の場合にもあてはまります。最近は原典版の楽譜がしっかり出回るようになって、確実に作曲家が意図したことが伝わるような下地が整ってきつつあります。ですから、楽譜に正確な演奏を心がけるための材料には、事欠きません。ものによっては、作曲家の自筆稿のファクシミリがネットで簡単に見ることが出来たりしますからね。
 ただ、楽譜というのはあくまで設計図に過ぎないわけで、それを実際に組み立てて形のあるものにするのは演奏家の仕事、つまり、演奏家には楽譜に音楽としての「命」を吹き込む役割を任されているのです。ですから、なによりも大切なのはそこに込める「勢い」なんですよね。音楽全体の「流れ」から来る「勢い」を殺がれる場合には、楽譜に少しぐらい背いても許されます。大切なのはそのような「勢い」から生まれる得も言われぬ「熱気」です。魂のほとばしり、と言ってもかまわないかもしれません。それさえあれば、その演奏は間違いなく「感動」を呼び起こすことでしょう。
 例えば、今私が取り組んでいるヴェルディの「レクイエム」の、最後の最後、ヴォーカル・スコアだと、「Libera me」の最後から4ページ目から始まる、最後の盛り上がりを導くための「Dum veneris judicare」で始まるベースと他の3パートとの掛け合いの場面です。
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 ご覧のように、ベースは4拍目の裏から始まり、それと同じ音形を上の3パートが受けているのですから、そこも本当は「裏」から入らなければ「楽譜通り」ではありません。赤枠の部分では、本当はパートによって音が半拍ずれるはずなのですよ。しかし、そんなチマチマしたことに気を取られていては肝心の「流れ」が滞ってしまいますから、ここは全員4拍目の頭で揃えましょう。そのような「豪快な」やり方で「感動」をもぎ取ろうというのが、今回のヴェルディなのですからね。せめて、楽譜に書いてあることぐらいはきちんと守って歌いたいな、などと思っている人には、そんな「感動」を味わう資格はありません。
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by jurassic_oyaji | 2013-05-30 22:05 | 禁断 | Comments(0)