おやぢの部屋2
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WAGNER/Wesendonck-Lieder u.a.
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Nina Stemme(Sop)
Thomas Dausgaard/
Sweden Chamber Orchestra
BIS/SACD-2022(hybrid SACD)




普通はフルサイズのオーケストラによってもっぱら演奏されている曲を、室内オーケストラの編成で演奏することで注目を集めているダウスゴーとスウェーデン室内管ですが、前作の「悲愴」では「いくらなんでも」という悲惨な出来でしたね。どんなことにも「限界」というものは存在しているのです。
今回取り上げているのはワーグナー、これこそ大編成でなければ大恥をかいてしまいそうな作曲家ですが、ダウスゴーたちはあえて正面対決は避け、巧妙な小技を使うことによって、かなりの成果を上げているようでした。
つまり、「ワーグナー集」とは言っても、メインの曲は「ヴェーゼンドンク・リーダー」という、本来はピアノ伴奏の曲がメインの扱いになっているあたりに、そんな配慮を見ることが出来るわけです。フェリックス・モットルとワーグナー自身によるオーケストレーションはいともあっさりとしたものですし、3曲目の「温室にて」などではそもそも小編成の弦楽器が使われていますから、このような室内オケで演奏しても何の差支えもありません。今や超売れっ子のスウェーデンのソプラノ、ニーナ・ステンメの芯のあるたくましい声は、そんな柔らかいサウンドの中でひときわ存在感を誇っています。
そして、インストものとしてはメインと位置づけられているのが、「ジークフリート牧歌」です。もともとは弦楽器1本ずつのアンサンブルのための編成ですから、室内オケには最適のレパートリーです。もちろんフルオケで演奏する場合もありますが、薄い管楽器をきちんと聴かせるためには弦楽器は少なめの方がいいはずです。ただ、各パート一人ずつのアンサンブルになってしまうと、逆に弦楽器がきつく聴こえてしまうかもしれませんから、この曲の柔らかさや温かさを味わいたい時には、複数の弦楽器があった方がより和みます。そういう意味で、今回の編成はまさに理想的、さらに、ホルンなどの細やかな演奏もあって、これは極上の演奏に仕上がりました。ロマンティックなワーグナーがとことん追求されていて、まさにアルバムの白眉です。
「オランダ人」序曲で、1841年の「オリジナル・ヴァージョン」と1860年の「ファイナル・ヴァージョン」とを並べて聴くことが出来るようなアイディアも、ワーグナー・イヤーならではのうれしい配慮です。「オリジナル」は、クレンペラー(1968/EMI)やバレンボイム(2001/TELDEC)のような単に「救済のモティーフ」をカットしただけのまがい物ではない真正品、サヴァリッシュ(1961/PHILIPS)やヴァイル(2004/DHM)が録音していた「フィガロ」の中の「Non più andrai」が聴こえてくるヴァージョンです。ここでは単に楽譜だけではなく、テンポ設定まで変えて「オリジナル」の姿をきちんと見せてくれています。すごいのは、「水夫の合唱」の部分が終わって「救済のモティーフ」が出てくる「retenuto」の部分。普通はここで「オリジナル」でもテンポを半分に落とすところを、そのままイン・テンポで演奏しているのです。そうなんですよね。そもそも「オリジナル」では登場人物の名前(たとえばダーラント→ドナルド、エリック→ジョージ)や設定(ノルウェー→スコットランド)からして、大幅に「ファイナル」とは異なっていましたから、音楽だって変わってしまうのは当然のことです。これも、別の意味で白眉。
最後に収録された「マイスタージンガー」の第1幕への前奏曲では、曲の方を編成に合わせるようにして小編成との整合性をはかっています。壮大というよりは「大げさ」と言った方があたっているこの前奏曲を、とことんチマチマしたものに変えてしまったのですね。正直、冒頭のハ長調のアコードのアホらしさは、こういうやり方ではより一層コミカルな味が出てきます。常々、この作品はワーグナー唯一の「喜劇」だと聞かされていますが、ダウスゴーたちはこういうやり方で、それを正面切って証明してくれました。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2013-06-04 23:09 | オーケストラ | Comments(0)