おやぢの部屋2
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WAGNER/Complete Piano Music
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Pier Paolo Vincenzi(Pf)
BRILLIANT/94450




少し前に「いくらワーグナー・イヤーでも、彼の全作品を録音するレーベルはないだろう」みたいなことを書きましたが、実はそれに近い動きはあったのですね。そうですよ、いくらCD不況だからって、そんなレアなものを出してワーグナーの布教を行う機会は、今を逃すと当分ありませんからね。
ということで、ピアノ曲に限ってのことですが、現存する全作品を録音したものが同じ時期に2種類もリリースされてしまいました。一つはDYNAMICからのダリオ・ボヌチェッリの演奏、そしてもう一つが、このヴィンチェンツィのものです。「全作品」と言っても、時間にしたら「ラインの黄金」1曲よりも短いものですから、CDに目いっぱい収録すれば2枚に収まってしまいます。それが、このBRILLIANTではDYNAMICの三分の一の値段で買えるのですから、なんと言ってもお買い得、しかも2012年の5月の最新録音ですし、使っている楽器はFAZIOLIF278なのですから、何の問題もありません。
ワーグナーのピアノ作品は、このアルバムの場合は全部で15曲収録されていますが、おそらくそれですべてを網羅しているのでしょう。ごく初期に作られたピアノソナタもあるようですが、それらは楽譜が散逸してしまっているようですし。
現存する「ソナタ」で最も早い時期の作品は、演奏に30分近くかかる4楽章のソナタ(変ロ長調 WWV21)です。1831年に完成していますから、ワーグナーは18歳ぐらいでしょうか。ベートーヴェンあたりの様式を巧みに取り入れた大作ですが、いかにも修行中の習作といった感じがミエミエのほほえましいものです。まるで交響曲のような楽章構成で、第3楽章はメヌエットになっていますが、その教科書通りの楽想には思わず笑いたくなってしまうほどです。なんと素直な音楽なのでしょう。
この時期には、WWV22とされている「幻想曲嬰ヘ短調」という、やはり30分近くの曲が作られています。これは、構成はソナタよりも自由な、めまぐるしく楽想が変わる作品ですが、モティーフや和声はいともオーソドックスな、その時代の様式がそのまま反映されたものです。
ところが、翌1932年に作られたイ長調の「大ソナタ」(WWV26)になると、いきなり音楽としての成熟度が増しているのに驚かされます。前のソナタがベートーヴェンの初期の模倣だとすれば、これは同じベートーヴェンでも後期のような充実ぶり、たった1年で、交響曲で言えば「1番」から「9番」までのレベルに到達してしまうほどの「進歩」を遂げているのですね。やはり、ワーグナーはただの女たらしではなかったんですね。
このソナタの最後の楽章は、Maestosoの堂々たる序奏に続いて、まるでウェーバーのような軽やかなテーマが登場するAllegroとなるのですが、実は、最初の構想ではこの間にフーガの部分がありました。出版の際にはそれは削除されたのですが、このCDにはその「フーガ付き」のバージョンも別に「おまけ」で演奏されています(これは、DYNAMIC盤にも入っています)。それは、出だしこそ「マイスタージンガー」になんとなく似ているテーマによる4声の堂々たるフーガですが、途中からポリフォニーではなくなっているので、やはり公にしない方が正解のような気はしますが。
こんな曲を作っていた若者が、それから四半世紀も経って「トリスタン」を作るころになると、全く彼独自の和声の世界を手に入れることになるのですから、驚きはさらに募ります。その時期の作風が反映されているのが、ヴィスコンティの「ルートヴィヒ」に使われて(オーケストラ版)有名になった「エレジー変イ長調 WWV93」です。
この時代の作曲家は、このように生涯をかけて新しい音楽、つまり、より複雑な音楽を作ることを目指していました。しかし、いつしかそれは行き場を失った結果、たとえばペンデレツキのような現代の作曲家は、逆に生涯をかけてよりシンプルな音楽を作るようになっているのですから、面白いものです。

CD Artwork © Brilliant Classics
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by jurassic_oyaji | 2013-06-16 20:17 | ピアノ | Comments(0)