おやぢの部屋2
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CHILCOTT/Everyone Sang
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Gemma Beeson(Pf)
Will Todd Trio
Christopher Finch/
Wellensian Consort
NAXOS/8.573158




NAXOSとしては初めてとなるチルコットの作品集です。これで、チルコットも晴れてメジャーな作曲家の仲間入り。しかも、嬉しいことに「世界初録音」となる曲が大半を占めています。「The Lily and the Rose」のように、以前SIGNUMから出ていた曲集に含まれる曲もありますが、それは編成が違っていますしね。その同じアルバムに入っていた「A Little Jazz Mass」が、やはり「世界初録音」となっていたので、そんなわけはない、と思ったのですが、こちらも聴いてみたらオリジナルの児童(女声)合唱ではなく、混声合唱バージョンですから、「初録音」もウソではないのでしょう。ただ、この版が出来たのはオリジナルの翌年の2005年で、すでにコンサートでは世界中で演奏されています(日本の仙台市でも、聴いたことがあります)から、いまさら「初録音」というのもなんだか、という感じはしますが。
このように、同じ曲でも編成を変えて、別の味を楽しめる、というケースは合唱の世界ではよくあることです。合唱に限らず、現代の作曲家が曲を作る「動機」は間違いなく演奏団体などからの「委嘱」です。作曲を生活の糧にしている人が、何の見返りもないのに曲を作るわけがありません。「芸術」というものは、そのような「商取引」なしには成立しないのが、現代社会なのです。いや、それはベートーヴェンの時代からあったもの、ただ、彼の場合は「委嘱」という受動的な形ではなく、「献呈」という、いわば「押し売り」だったところが少し違うだけの話です。
ですから、最初に女声合唱団からの委嘱があれば、当然その編成の曲を作ることになり、それが好評で混声合唱の団体が歌いたいと思えば、要望に応えてそれをそのまま混声合唱に直して買い取ってもらうという、それだけ「商取引」の機会が増えていくことになります。
ただ、そうなると、その作品が最初に出来たときの編成には、必ずしも必然性はなかったのでは、ということにもなりますね。表現上のこだわりが全くなければ、それはいともたやすく他の編成に「移植」出来てしまいますからね。でも、例えば最初は男声合唱のために作られた泥臭いテイストの音楽が、そのまま女声合唱で歌われたりすれば、何か異様に感じることはないのでしょうか。
そんなことを考えながら、先ほどの「A Little Jazz Mass」の混声版を聴いてみたら、SIGNUMの女声版とは全然ノリが違います。きちんと聴いてみると、コーラス・アレンジそのものがかなり変わっていました。「Kyrie」の歌い出しなどは、女声版はユニゾンですが、混声版ではポリフォニックな合いの手が入って全然別の曲のようになってます。これは、単に「改訂」を行ったのではなく、しっかりとクライアントの要望を取り入れた、もう一つの作品を作ったということになります。うん、ここまで丁寧な仕事こそが、「委嘱」に応える作曲家のあるべき仕事なのでしょう。
チルコットの作品と言えば、例えばここでは「Mid-Winter」のように、まるでロイド・ウェッバーのようなキャッチーなメロディ・ラインを持つものが、なんといってもメインなのではないでしょうか。本当に、あの「Phantom in the Opera」の中の「Think of Me」にとてもよく似たテイストのこの曲は、なんとも言えないやさしさで心に迫ってきます。ただ、ここで歌っている2009年に出来たばかりのイギリスの若い合唱団は、必ずしもそんな思いを適切に伝えられるだけのスキルは持ち合わせてはいないようでした。なんと言っても、こんな若い人たちには珍しく、女声にかなりきついビブラートが入っているのが、相当のマイナス要因になっています。「帯」を見てみると、キャッチコピーは「きちんと歌うのはすごく難しそうだけど、一度は歌ってみたくなるようなステキな曲たち」でした。これが、このあたりの事情を柔らかく表現したものだとしたら、今回はこの「帯職人」の耳は確かだったようです。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-06-18 20:19 | 合唱 | Comments(0)