おやぢの部屋2
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BERLIOZ/Grand Messe des morts
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Barry Banks(Ten)
Colin Davis/
London Philharmonic Choir
London Symphony Orchestra & Chorus
LSO LIVE/LSO 0729(hybrid SACD)




先日85歳でお亡くなりになったコリン・デイヴィスの、今リリースされているものの中では最も新しい録音、2012年の6月に行われたライブの模様が収録されているSACDです。その時に演奏されたのがベルリオーズの「レクイエム」という、とてつもなく巨大な編成の曲なのですから、驚いてしまいます。最晩年にこんな大曲のコントロールが出来るだけの精神的・身体的な能力があるなんて。同じぐらいの年で亡くなったカール・ベーム(米寿にはあと一歩でした)あたりは、晩年はオケに合わせて棒を振っていただけだというのに。
この曲がどのぐらい「巨大」なのかは、スコアの最初のページを見れば分かります。
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とりあえず木管などは「4管」と普通ですが(ファゴットが多いのは、ベルリオーズのお約束)、ホルンは12本、ヴァイオリンだけで50人となればこれは普通のオーケストラのサイズ(最高でも34人)を大幅にオーバーしています。もちろん、合唱は210人という大人数。ただし、これはあくまで「相対的な人数」という注釈があります。つまり、会場のスペースさえ許せば、合唱はこの2倍でも4倍でもかまわず、それに応じてオーケストラも拡大しろ、ということなのですね。これを忠実に再現したのが、マクリーシュ盤だったのでしょう。
それだけではありません。これはあくまで1曲目の「Requiem et Kyrie」の編成、次の「Dies irae」になると、これに会場の東西南北に配置される4群の金管のバンダが加わります。つまり、指揮者の前にはホルン以外の金管はいないことになります。その上に、ティンパニだけで10人の奏者が必要とされる膨大な打楽器群ですから、これはまさに360°を埋め尽くす「サラウンド」そのものですね。
ただ、この、ロンドンのセント・ポール大聖堂での演奏では、弦楽器だけは普通の16型のサイズですからかなり「少な目」です。それと、合唱は総勢240人ほどですから、充分なようには見えますが、ベルリオーズのパートごとの指定では、男声が全然足りてません(テナーもベースも50人程度しかいません)。その分、女声が多くなっています。これが普通のバランスなのでしょうが、ベルリオーズは女声より男性をたくさん要求しているのですね。これは、「Hostias」では男声合唱だけになることと無関係ではないのでしょう。「Agnus Dei」も、最初は男声だけですしね。
その2曲では、男声合唱と共にフルートが大活躍するというあたりにも、個人的には思い切り惹かれます。トロンボーン+フルート3(4)本という組み合わせで延々と合唱の合いの手を入れていくのは、ただ、実際に演奏するのはかなりしんどいような気はしますが。もっとしんどい、ほとんど苦行と思えるのが、「Sanctus」での、40小節以上全く休符なしで書かれたソロです。おそらく実際は何人かでつないでいくのでしょうが、もう聴いているだけでうんざりしてきます。
いかにも巨大なイメージが先行しているこの作品ですが、実はア・カペラの合唱だけで演奏される「かわいい」部分もあります。それが5曲目の「Quaerens me」です。「Rex tremendae」と「Lacrimosa」という「激しい」曲に挟まれた、本当に美しい曲ですが、これも実際に歌うのは至難の業なのでは、という気がします。ここで歌っている2つの大きな合唱団の連合体は、ほんの5分程度の短い曲なのに、歌い終わる頃にはほぼ全音(実際は3/4音ぐらいでしょうか)下がってしまっています。始まった時はイ長調だったものが、終わった時はト長調になっているのですね。ライブならではの難しさでしょうが、同じライブでもマクリーシュ盤では全く下がってはいないのですから、これは問題。もちろん、セッション録音のインバル盤(1988)では、下がることはありません。
そんな、細かいところはちょっと気になりますし、録音もかなり悲惨ですが、なぜかデイヴィスの「思い」だけは伝わってきます。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra
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by jurassic_oyaji | 2013-06-20 20:53 | 合唱 | Comments(0)