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レクィエムの歴史
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井上太郎著
河出書房新社刊(河出文庫い
30-1
ISBN978-4-309-41211-5



井上太郎さん渾身の名著が、今春文庫本でリイシューされました。1999年に平凡社から出ていた元本はすり減るほど読み返したものですが、もう絶版になって入手困難な状況だったとか、こういう「復刻」はとてもありがたいことです。
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おそらく、「レクイエム」だけに特化したガイドブックなどというものは、日本ではこれが最初に出版されたものなのではないでしょうか。しかも、それは最初からとてつもない完成度を持ったものでした。まずは、「レクイエム」という音楽形態の定義から始まって、その歴史、テキストの意味、さらには個々の作品の詳細な解説と続きます。そこで取り上げられている作品の多さにも驚かされます。それは、古今東西の「レクイエム」という名前を持つ作品のみならず、タイトルは違ってもこの曲の本来の目的である「死者を悼む」という意味が込められている作品まで網羅されているのですからね。
これについては、著者は元本の「あとがき」(もちろん、今回の文庫本にも収録されています)の中で「海外でもこれほど広範囲にわたって触れた本はあるまい」と言い切っていますから、最初から壮大なビジョンをもって執筆にあたっていたことがうかがえます。
なんと言っても、ちょっと馴染みのない「レクイエム」のCDを見つけたときなどに、この本を見ると必ずその曲が触れられているのですから、これほど役に立ったものはありません。それに関しても、やはり「あとがき」によると、「執筆にあたりCDを集めることから始め、150曲ほど集めた」と言いますから、すごいですね。
修復にあたって多くの版が存在しているモーツァルトの作品では、そのあたりの成立の事情が手際よく解説されていますし、それぞれの版の特徴などは潔く省いて、その代わり巻末のCD一覧にあるものを聴いて実際に聴き比べてほしい、といったスタンスなのでしょう。しかし、稿そのものが違っているものが乱立しているフォーレの作品の場合は、一般に演奏されている第3稿ではなく、オリジナルの第2稿、しかも参照CDはネクトゥー・ドラージュ版を使っているガーディナー盤だというのも、見識の高さが現れているのではないでしょうか。
著者の高い志は、評価の定まった古典的な作品だけではなく、最近出来たばかりの「20世紀」(書かれた当時は、まさに20世紀が終わろうとしていた時でした)の作品についても、確かな価値を見出し、それを伝えるための労をいとわない、というあたりにも表れています。いや、むしろそのような新しいものの方が、生身の人間との思いがストレートに込められていて、「現代人」の心を打つのでは、という著者の主張のようなものを、受け取ることが出来ます。リゲティの作品に対しての「地獄を見た人でなくては書けない音楽」という言及は、感動的ですらあります。
最後の章で、日本人の作品について触れているのも、見逃すわけにはいきません。日本にとっての「原爆」はまさに「地獄」そのもの、それをモティーフにした「レクイエム」は、まさに日本人のアイデンティティであることが、まざまざと伝わってきます。その中にさりげなく込められたペンデレツキの欺瞞性にも、注目すべきでしょう。
文庫化にあたって、21世紀になって作られたものも新たに加筆されているのではないかと期待したのですが、それはありませんでした。したがって、元本と同様、「あとがき」で触れられている1998年に作られた三枝成彰の作品が、この本の中では最も新しい「レクイエム」です。こんな駄作でこの名著を終わらせるのではなく、さらに新しいものもぜひ書き加えて欲しかったと、切に思います。ただ、もしかしたら、著者にとってはそれ以降の作品はもはや紹介するに値しないものだったのかもしれませんね。それはそれで、納得できないことではありません。

Book Artwork © Kawade Shobo Shinsha, Publishers
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by jurassic_oyaji | 2013-06-28 21:07 | 書籍 | Comments(1)
Commented at 2015-09-22 12:41 x
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