おやぢの部屋2
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LUKÁS/Requiem
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Matthias Jung/
Dresdner Motettenchor
QUERSTAND/VKJK1232




タイトルは、ズデニェク・ルカーシュという1928年生まれのチェコの作曲家の「レクイエム」です。カップリングは、同じ年に生まれたやはりチェコの作曲家アントニーン・トゥチャプスキーと、ハンガリー(1947年ルーマニアの生まれ)の作曲家ジェルジ・オルバーンの宗教曲です。いずれも、無伴奏の混声合唱によって歌われる、シンプルな作品ばかりです。
ルカーシュの「レクイエム」は、1992年に3週間ほどで作られたものです。なんでも、彼には300曲以上の作品があるそうですが、大半は合唱曲、その中でも、この「レクイエム」はその分野での頂点を極めたものなのだそうです。
1曲目は「Requiem」と「Kyrie」をひとくくりにした楽章。「Requiem aeternam」というフレーズが、ユニゾンでプレイン・チャントのように歌われますが、その表情が非常に厳しいものであるあたりが、強いインパクトとして伝わってきます。もちろん、これをそのまま推し進めるようなアヴァン・ギャルドなことは、いかにこの年代の作曲家といえども、慎重に避けられていて、そのあとには対位法的な処理が施されて音楽は次第にソフトなものに変わり、それがいつの間にか、さらに柔和な「Kyrie」に移行していくあたりは、まさに合唱の「勘所」を押さえた見事な書法、そのまま消え入るように息絶える様も、ほとんど感動的ですらあります。
続く「Dies irae」は、うって変わって激しい音楽に変わります。しかし、その畳みかけるような鋭いフレーズの応酬には、なにか懐かしい肌触りも感じられます。それは、ルネサンスあたりの世俗的な合唱曲などによく見られる手法、この作曲家の引き出しには、おそらくそのような長い伝統に培われた音楽のエキスがたくさんしまいこまれていることがうかがえます。それに気づいてしまうと、この作曲家は、本当は一体何を目指しているのかが分かってきて、ちょっと引いてしまいます。
この、「Sequentia」に由来する楽章は、「Tuba mirum」で終わり、それ以下のテキストは潔くカットされていますが、最後の「Lacrimosa」だけは決して外すわけにはいかなかったのでしょう。ここでこのテキストにあてがわれている、とろけるように甘いメロディこそが、この作曲家の真骨頂なのでしょうから。
続く「Domine Jesu Christe」では、驚くことに厳格なフーガの登場です。これまでの流れからはかなりアンバランスな音楽ですが、ここできちんと「伝統」を踏まえていることを見せたかったのでしょう。後半では息切れなのでしょうか、いとも安直にホモフォニックの音楽になってしまったのは残念です。
ですから、型どおり、レリジャスな「Hostias」と、セキュラーな「Sanctus」に続いて、まるでブルックナーの「Ave Maria」そっくりの「Agnus Dei」が聴こえて来たとしても、驚くことはありません。これは、その程度の作品なのですから。
同年代のトゥチャプスキーも、そんな「後ろ」を向いた作風にはあまり魅力を感じることはできません。でも、「5つのモテット」の4曲目、「Eli, Eli」などは、この有名なテキストの味を思いがけない形で出しているような驚きはありました。
そういう意味では、このアルバムの中ではオルバーンの「Stabat mater」あたりの方が、聴きごたえという点では勝っているのではないでしょうか。少なくとも、曲全体として訴えかけるものが確かに存在していることは間違いありません。
ここで演奏している、ドレスデン・ハインリッヒ・シュッツ音楽院を母体としたドレスデン・モテット・コールという団体は、ドレスデン室内合唱団やRIAS室内合唱団の指揮者として知られているハンス=クリストフ・ラーデマンによって1996年に作られたそうです。しかし、このCDでは、今一つピリッとしたものが感じられません。もしかしたら、それほど真剣に取り組む気にはなれない作品のせいなのかもしれません。
それに加えて、録音は、いかにもCDの限界にどっぷりつかった、覇気のないものでした。破棄してもかまわないような、つまらないCDです。

CD Artwork © Verlangsgruppe Kamprad
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by jurassic_oyaji | 2013-08-11 22:37 | 合唱 | Comments(0)