おやぢの部屋2
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BARTOK/Concerto for Orchestra etc.

H.Kärkkäinen, P.Jumppanen(Pf)
L.Erkkilä, T.Ferchen(Perc)
Sakari Oramo/
Finnish Radio Symphony Orchestra
WARNER/2564 61947-2
(輸入盤)
ワーナーミュージック・ジャパン
/WPCS-11883(国内盤)


「これがオラモ!?」と一瞬目を疑ってしまったのが、このジャケットのポートレートです。1998年にサイモン・ラトルの後継者としてバーミンガム市交響楽団の首席指揮者、さらに翌年には音楽監督に就任した時には、誰もその名前を知るものはいなかったというオラモですが、その頃ERATOからリリースされたアルバムからうかがい知れる風貌は、「オタクっぽいとっちゃん坊や」というものでした。眼鏡をかけたちょっと小太りのサエない男が、あの、飛ぶ鳥を落とす勢いでベルリン・フィルのシェフという玉の輿に乗った指揮者の後任とは、と、誰しもが思ったことでしょう。しかし、オラモのその後の活躍ぶりはご存じの通り、ERATOレーベルが消滅してしまった後でも、しっかりWARNERのメイン・アーティストとして安定した地位を獲得しています。さらに、2003年には、以前から准首席指揮者を務めていたフィンランド放送交響楽団の首席指揮者に就任、複数のオーケストラの最高責任者という、「一流指揮者」の仲間入りを果たしたのです。そして、仕上げがヴィジュアル面での改造、眼鏡を取ったこの爽やかな「顔」が、これからのオラモの看板になっていくことでしょう。10月にはこのコンビで来日も予定されていますしね。
そんな「新生」オラモが取り上げたのが、バルトークです。指揮者によって様々に異なるイメージを与えてくれるバルトークですが、ここではなぜか、この爽やかな外見と全く違和感のない音楽が聞こえてきたのには、嬉しくなったものです。数々の演奏が市場を賑わしている「オーケストラのための協奏曲」、聞き所は満載ですが、ここでは決して熱くならない全体を見据えた視線がすがすがしく感じられます。「序章」でいきなり耳に入るフルートソロ(日本公演では、武満作品でソロを吹くペトリ・アランコでしょうか)の感触が、そんなすがすがしさを代弁しているようです。「対の遊び」では、ソロ(ソリ)を取っている管楽器よりも、まわりのパートの細かい「仕掛け」が手に取るように分かるという、絶妙なバランスがたまりません。「エレジー」も、タイトルから予想される「暗さ」とはあまり縁のない、各楽器の粒立ちの良さが光ります。ここで重要なソロを披露しているピッコロのちょっと不思議な音色も、聞き物です。「中断された間奏曲」では、例の、ショスタコーヴィチのテーマをからかったコミカルな部分と、ヴィオラのパートソロで始まるメランコリックな部分との対比が見事、それが最後にもう一度繰り返される時の緊張感も、なかなかのものです。そして「終曲」では、決して過剰に煽り立てることのない冷静さが、逆に巧まざる高揚感を招くという素敵な仕上がりになっています。
もう一つの「協奏曲」は、あの有名な「二台のピアノと打楽器のためのソナタ」のバックに、控えめにオーケストラを上塗りしたという「二台のピアノと打楽器のための協奏曲」です。オリジナルの「ソナタ」の鋭角的なイメージに慣れている人にとっては若干物足りなさも伴うピアニストたちですが、それだからこそ、この「協奏曲」バージョンの持つキャラクター、すなわち、モノクロームの「ソナタ」に施された鮮やかな彩色という一面が、際だって伝わってくるのかもしれません。そして、このようなシチュエーションだからこそ、最終楽章のあまりに楽天的なテーマも、なぜか全面的に許されてしまうのでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2005-06-17 09:08 | オーケストラ | Comments(0)