おやぢの部屋2
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MOZART/Così fan tutte
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Miah Persson(Fiordiligi), Angela Brower(Dorabella)
Adam Plachetka(Guglielmo), Rolland Villazón(Ferrando)
Mojca Erdmann(Despina), Alessandro Corbelli(Don Alfonso)
Yannick Nézet-Séguin/
Vocalensemble Rastatt, Chamber Orchestraof Europe
DG/00289 479 0641




DGの「第2次(笑)」モーツァルト・オペラ・ツィクルスは、前回の第1弾、「ドン・ジョヴァンニ」が2011年7月の録音でしたが、今回の「コシ」は2012年の7月、どうやら1年に1作というペースで制作が行われているようですね。どこぞのワーグナー・ツィクルスのように3年かそこらで全曲録音みたいな乱暴な作り方ではないようです。基本的に、バーデン・バーデンでのコンサート形式の上演を録音するという点だけは統一されていても、指揮者、オーケストラ、ソリストは毎回異なる、というコンセプトだったように記憶しています。
ということで、今回はなんと録音スタッフも別のクルーが担当することになりました。音のコンセプトが狂うのはそれほど気にしないのでしょうか。前回はノイブロンナー率いる「トリトヌス」でしたが、今回はDG御用達の「エミール・ベルリナー・スタジオ」のチーフ・エンジニア、ライナー・マイラードがトーンマイスターを務めています。
ただ、指揮者は前回と同じネゼ・セガンでした。もしかしたら、ダ・ポンテ三部作だけは同じ指揮者で、ということなのでしょうか。ソリストでは、共通しているのは、ヴィリャソンとエルトマンだけです。どちらも、前回ではあまり芳しくありませんでしたから、どうなることでしょう。
ネゼ・セガンの、まさに痒いところに手が届くような丁寧な指揮ぶりは、オーケストラがマーラー室内管からヨーロッパ室内管に替わっても変わりませんでした。歌では表現できないところまで、オーケストラが補って、とても豊かな「物語」が紡がれているなあ、という驚きが、いたるところでありました。オーケストラのメンバーも名人ぞろい、クラリネットなどは何度も素晴らしいオブリガートを聴かせてくれていましたし、フルートも目立ちはしないまでも要所ではきっちりと華やかなサウンドの立役者となっていました。
通奏低音にチェンバロではなくフォルテピアノを使うというやり方も、今では殆ど常識となっているようですね。ここでは、レシタティーヴォだけではなく、アンサンブルやアリアの時にも自由なフレーズを入れたりして、さらに重要な役割を担っています。
ソリストで一番感心したのは、前回は見事にハズレだったヴィリャソンです。アリアはともかく、アンサンブルがとても素晴らしいのですよ。この作品はアリアよりもアンサンブルの方がより目立つ作られ方をしているため、アンサンブルがきれいに決まるととてもうれしくなるものですが、ここでヴィリャソンがアンサンブル加わると、見事にその「臭み」が消えて、柔らかい音色だけが前面に出て全体がとてもまろやかな響きになるのですね。正直、彼がこれほど自分を消してアンサンブルに貢献できる人だとは思っていませんでしたから、これはとんだ拾いものです。
デスピーナ役のエルトマンは、相変わらずのキャパシティの狭さが露呈されてしまっています。特に、医者や結婚仲介人に「変装」した時の演技が、聴いていて恥かしくなるようなヘタさ加減、一生懸命やっているのでしょうが、それが表に出てしまってはいけません。
この作品は、演出を楽しみたいので、映像はたくさん観ましたが音だけのCDはあまり聴いたことがありません。今回は、リブレットを見ながらかなり集中して聴いてみましたが、そこで意外な発見もありました。同じスワッピングでも、ドラベッラとグリエルモのチームと、フィオルディリージとフェランドのチームとでは、音楽の扱いがまるで違うのですね。それは重さの違い、前者、つまり簡単にやってしまう方はレシタティーヴォ・セッコなのに、なかなか踏み切れない後者ではレシッティーヴォ・アッコンパニャートになっているのですからね。こんなことは、演出に目が行っていると聴き逃してしまいそう。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
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by jurassic_oyaji | 2013-09-06 20:46 | オペラ | Comments(0)