おやぢの部屋2
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FAURE/Requiem

Christiane Oelze(Sop)
Harry Peeters(Bar)
Ed Spanjaard/
Netherlands Chamber Choir
Limburg Symphony Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 020(hybrid SACD)



2004年6月の録音、現時点ではもっとも新しいフォーレのレクイエムです。SACDとしても、初めてのものになるのでしょう。この録音、ライナーの写真を見ると教会のようなところでセッションがもたれたようですから、サラウンドで聴いたらさぞかし残響たっぷりのアンビエンスを味わうことが出来ることでしょう。おでんも買えますし(それは「コンビニエンス」)。
しかし、期待に反して、この録音はいたずらにホールトーンを強調したような甘ったるいものではありませんでした。ここから聞こえてきたものは、極めて輪郭のはっきりした、芯のあるサウンドだったのです。それは、あるいはこの曲を鑑賞する際にはあまりふさわしいものではないのかもしれません。そこへもってきて、フォーレのレクイエムを録音するのは今回が初めてというこのオランダの名門合唱団、今までこの曲を録っていなかったのも何となく分かるような気がする、その、フォーレにはあまりそぐわないような精緻極まりないソノリテからは、確かにちょっと趣の異なる音楽が聞こえてきました。
スパンヤールとオランダ室内合唱団という組み合わせでは、以前フランス合唱曲のアルバムをご紹介したことがありますが、その時に感じたある意味即物的なアプローチは、ここでも変わることはありません。「情緒」としてフォーレをとらえるのではなく、楽譜に記されたハーモニーとダイナミックスをきちんと再現すれば、自ずと作品がその姿をあらわすはずだ、という姿勢です。まず、「Introitus」冒頭のニ短調のアコードが、よくあるおどろおどろしいものではなく、明確な意志を伴うキレの良いものであることで、そんな姿勢を確認することが出来ます。使用している楽譜は1900年の「第3稿」、先ほどの写真で多くの木管楽器が写っていることからも、それは分かります。このあたりが、このコンビのスタンスなのでしょう。ただ、「Kyrie」のテナーのパートソロを聴くと、それは旧版の譜割りだったのは、ちょっと残念。しかし、この楽章の最後の、旧版では「eleison」となっているテキストは、きちんと「Kyrie」になっていますから、新版に対するある程度の認識はあったのでしょう。
Sanctus」あたりのソプラノと男声の掛け合いを聴いていると、「聖なるかな」というテキストの持つ敬虔なテイストというよりは、各パート間でもたらされる、まるで火花を散らすような緊張感を感じないわけにはいきません。その印象は、指揮者のキビキビとした、場合によっては素っ気ないと思えるほどの音楽の運びによって、さらに増長されることになります。ですから、「Agnus Dei」の後半、ソプラノが「ド」の音を伸ばしている間にエンハーモニック転調で「Lux aeterna」と変わる印象的な部分も、ハーモニーは変わってもその場の光景が変わることは決してありませんでした。「In paradisum」の最後「Chorus Angelorum」も、いとも淡々と流れていくたたずまい、それがニ長調の美しい響きで終結した時にも、ほのかな余韻がその場に漂うといった情景は、ついに現れることはなかったのです。
エルゼのソプラノは、この文脈の中では確かな輝きを放っています。端正さの中に秘められたドラマティックなパッションは聴き応えがあります。ただ、バリトンのペータースの方は、そのパッションの次元がいかにも安っぽいのが残念です。
カップリングには、ちょっと珍しいフォーレの合唱曲などが収められています。その中で「魔神たち」というダイナミックな曲では、オペラ指揮者であるスパンヤールの面目躍如といった生き生きとした一面が楽しく味わえます。
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by jurassic_oyaji | 2005-06-18 22:49 | 合唱 | Comments(0)