おやぢの部屋2
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追悼、やなせたかしさん
 やなせたかしさんが亡くなりましたね。
 やなせさんと言えば、私にとってはこんな歌を通じてのつながりがありました。いえ、単に、大学時代に、やなせさんの詩集にあった「ユレル」という詩に、私が曲を付けたというだけのものなんですがね。その頃、大学の男声合唱団の定期演奏会では休憩時間に「みんなで歌いましょう」というコーナーがあったのですが、なぜか、この曲がその時にお客さんに歌わせる曲になってしまったのです。当時の川内記念講堂の満員の聴衆が、全員で私の歌を歌ってくれたんですよ。
 この曲は、次の年の大学祭での、合唱団主催の歌声喫茶でも、さんざんリクエストされるという、ごく限られた地域での「ヒット曲」になりました。
 それから何十年も経って、数年前の「コール青葉」の合宿に参加した時に、この歌を覚えていた後輩が手書きの五線紙を作ってきて「『ユレル』の楽譜を書いてください」と私に言いました。まだ覚えてくれていた人がいたんですね。その時に書いたのが、これです。ちゃんと覚えていました。それは、合宿の宴会で、参加者全員が歌うことになりました。
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 と、これは先にFacebookに書いてしまったことなので、いつものようにリンクは張ってません。同じことを2度読まされるのは、ちょっと辛いものがありますからね。で、これをアップしたら、なんだか異常なペースで「いいね!」されました。中でも、新田さんまでもが早々と「いいね!」を寄こされたのには、びっくりしてしまいました。
 今日は、定期演奏会前の最後の団内練習だったのですが、そこで、やはり「いいね!」をくれた人が「曲を作ったりするんですね?」と、マジで驚いて聞いてきましたよ。まあ、若いころはいろいろ恥かしいことをやっていた、ということですね。
 ですから、これはそんなに若くはない、割と最近のことですが、フリーペーパーに原稿を書いてお金をもらうという、「プロのライター」を私がやっていたことを知らない人も、まわりには増えてきましたから、そんなことを言ったらさらに驚かれてしまうことでしょうね。でも、その1年半ぐらいの間に「プロ」として原稿を書くことによって身に付いたものは少なくはありませんでした。今でもたまに「素晴らしい文章ですね」みたいな意味のことを言われることがありますが、それはきっとその時に習得した技が生きているのでしょう。実際に、たとえば編集長にいろいろ直される、といったようなことではなく、同じペーパーに執筆していた、「仲間」というのは本物のプロに対してかなり失礼になってしまいますが(もちろん、実際に顔を合わせたことなんかありません)、そういう人たちの原稿を目にすることが、どれほど勉強になったことか。おそらく、どこかで名前を見たことがあるでしょうが、前島秀国さんという方の文章などは、まさに別格のすごさでした。歯切れの良い文章で、言葉同士がきちんと「勝負」をしているのが小気味いいんですよね。いつかは、あんな文章が書けるようになりたいな、と、今でも思っています。
 もう一人、篠田綾瀬という方の文章も、これは絶対まねのできないような独特の雰囲気のあるものでした。この人の文体に迫ることは、おそらく一生出来ないような気がします。最近はまず名前を見ることがなくなったのが、ちょっとさびしいことです。
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by jurassic_oyaji | 2013-10-17 23:17 | 禁断 | Comments(0)