Georg Grün/
KammerChor Saarbrücken
CARUS/83.458
ふつう、クラシックの
CDのタイトルと言えば最初に作曲家の名前が付けられているものです。もし、その作品が「編曲」されているものであれば、その編曲者の名前などはゴミみたいに小さな文字で書かれているのではないでしょうか。たとえば、あの有名な「展覧会の絵」でも、まずは作曲家の「ムソルグスキー」があって、そのあとに一歩下がって「ラヴェル編曲」という表記があるのが普通でしょ?ところが、この
CDでは、最初にデカデカと書いてあるのは「クリトゥス・ゴットヴァルト」という「編曲者」の名前、その下にあるのはフリードリッヒ・ニーチェの作品のタイトルですが、そのニーチェも含めて「作曲家」の名前なんてどこにもありませんよ。ここには、それこそラヴェルや、ブラームス、シューマンなどの大作曲家の「作品」が収められているというのに。
そう、ゴットヴァルトは、今ではその編曲がほとんど「作品」と同じ価値を持つ合唱曲の編曲者として、このようにアルバムタイトルにまでなるほどの人気者となっているのです。
彼が生まれたのは
1925年。最初は合唱指揮者として、
1960年に彼自身が設立した「シュトゥットガルト・スコラ・カントルム」とともに音楽シーンに登場します。このチームは、名前が表わすような「古い」音楽だけではなく、当時の「現代音楽」の演奏を積極的に行い、多くの「現代作曲家」が、彼らのために曲を作ることになりました。ブーレーズ、カーゲル、ラッヘンマン、ペンデレツキ、ファーニホーなど、かなり「懐かしい」名前がそこには登場しています。その中でも、リゲティが
1966年に作った「
Lux aeterna」は、同じ年に
WERGOレーベルに録音され、それが
1968年に公開された映画「
2001年宇宙の旅」のサウンドトラックに採用されることによって、「現代曲」にはあるまじき知名度を獲得することになってしまいました。
いつのころからか、ゴットヴァルトはおそらくこの「
Lux aeterna」あたりの書法を強烈に意識した、多声部の無伴奏の合唱のための編曲を始めることになります。その代表作は、マーラーの「リュッケルト歌曲集」の中の「
Ich bin der Welt abhanden gekommen」ではないでしょうか。オリジナルはオーケストラとメゾ・ソプラノ独唱のための作品ですが、それをゴットヴァルトは
16声部に分かれた混声合唱による緻密な響きによって、まさにリゲティのトーン・クラスターのような肌触りを持つものに変貌させてしまったのです。
それらの、もはや独立した「作品」と呼んでも構わないほどのクオリティを持つ編曲は、このレーベルの母体である出版社から数多くのものが出版されています。その、いわば「サンプル音源」のような位置づけで、今までに何枚もの
CDがこのレーベルからリリースされてきました。
今回は、ドイツ・ロマン派の歌曲などを編曲したものが集められています。最初のシューマンの「詩人の恋」などは、オリジナルからはあまり変わっていないごくまっとうな編曲に、逆にショックを受けてしまうほどですが、とても有名なブラームスの「子守歌」になったとたん、やっとゴットヴァルトらしさが聴こえてきたので一安心です。それは、最初はいったい何の曲かわからないほど、メロディがデフォルメされていたのですからね。
もっと「安心」させられたのが、リストの「
Richard Wagner - Venezia」です。これは、作曲家の最晩年の
1883年に、ワーグナーの死を悼んで作ったピアノ曲ですが、このシンプルな作品の中にその1年前に初演されたワーグナーの「パルジファル」の投影を見た編曲家は、増和音のアルペジオの中に、このオペラのライト・モティーフを挿入して、全く新たな作品に仕上げたのです。これは
そういう見事な仕事です。
もう
90歳近くになっているのでしょうが、ここでのライナーノーツの執筆もゴットヴァルト自身。まだまだお元気なようですから、こんなサプライズを、もっと期待してもいいのでしょうか。
CD Artwork © Carus-Verlag