山下達郎
MOON/WPJL-10009/10(LP)
山下達郎のオリジナル・ソロアルバムとしては7枚目となる「メロディーズ」は、
1983年6月8日にリリースされていますから、今年は「
30周年」ということになります。このアルバムでは、最後に収録されている「クリスマス・イブ」がだ
いぶ有名ですね。そんなアルバムが、今回は
30年前にリリースされた時と同じ形、「
LP」として再発されました。
この時代に新譜で
LPとは、とお思いになるかもしれませんが、今では
LPの方が
CDよりも良い音がすることはもはや常識となっていますから、真にオーディオファイルたるものはもはや
LPを避けて通ることはできないというのが、正しい「時代」の認識なのです。達郎自身も、今までにファンクラブのメンバー向けにずっと
CDのほかに
LPも作ってきた、という実績もありますし。
ただ、今回は、最初は特定のサイトでの通販のみという予定だったものが、いつの間にかごく普通のファンのために、普通の販売ルートで入手できるようになっていました。
当初の予定と変わってしまったのは、販売経路だけではありませんでした。当初は、オリジナルと同じ1枚の
LPだったのですが、しばらくして「2枚組になった」という告知がありました。その件については、達郎自身がラジオの番組で釈明していましたが、そこで述べられていたのは恐るべき事実でした。以前と同じような工程で
LPを作ってみたところ、昔と同じ品質は再現できなかった、というのですね。特に、内周近くにカッティングされている曲は、
CD程度のクオリティさえも維持できていないんですって。その理由として、カッティング・レースなどの機械が古くなったり、修理しようとしても部品が入手できなくて、もはや所期の性能は出せなくなっていることが挙げられていました。仕方なく、出来るだけ外周を使ってカッティングが出来るように、2枚組にした、ということなのです。そうすれば、「
CD以上」の音で楽しめる、と。
クレジットを見てみると、カッティングを担当したのはほとんど「名匠」と崇められている
JVCのマスタリング・エンジニア、小鐵徹さんではありませんか。さすが、達郎の選ぶスタッフは超一流です。実は、まだ
JVCのマスタリング・センターが横浜にあったころに、別のエンジニアのマスタリングの立会いに行ったことがあるのですが、小鐵さんのスタジオの前には、多くのミュージシャンからの感謝の言葉が並んでいましたっけ。その時に、「
LPのカッティングを、今でもやっている」と、ほかの人から聞いたのですよ。
そんな小鐵さんの技をもってしても、もはや現状はそんなお粗末な対応しかできないようになっているなんて、とてもショッキングです。せっかく
LPの良さが再評価されているというのに、しばらく本格的な使われ方をしていなかったために、機械そのものやその周りの技術がすっかり廃れてしまったのだとしたら、これほど憂うべきことはありません。
そんな、いわば「苦し紛れ」の製品ですが、その音にはやはり
LPならではのすばらしさがありました。
CDと比較したのは、最近の
ベストアルバムに入っている「悲しみの
JODY」、「高気圧ガール」、そして「クリスマス・イブ」の3曲ですが、いずれも特にヴォーカルとコーラスに丸みが出ているのと同時に、バックに隠されない存在感がありました。それと、アナログならではの音の密度の高さ。「悲しみの
JODY」で
FOに入るあたりからのファルセットの「
H」が、
CDでは倍音が乖離して聴こえますが、
LPではそんなことはありません。
とても残念なことに、「クリスマス・イブ」のコーラスだけになるあたり(
01:45付近)で、5周ぐらいにわたってスクラッチ・ノイズが聴こえます。これは盤面を見ても何の異常もないので、おそらくスタンパー以前のトラブルか、もしかしたらプレスの際の素材のムラに起因するもののような気がします。これが、「廃れてしまった周りの技術」の表れなのでしょう。
LP Artwork © Warner Music Japan Inc.