Diana Damrau(Sop)
David Charles Abell/
Royao Liverpool Philharmonic Orchestra
ERATO/6026662 0
ダムラウの最新のソロアルバムは、当然のことながら
ERATOレーベルからリリースされました。何しろ、
VIRGIN時代と品番の付け方が同じですから、彼女には「移籍した」というような
意識は全くないに違いありません。今までのアルバム同様、グレードの高いものが、また出来上がりました。
今回の彼女のレパートリーは、タイトルのコピー通りウィーン(オペレッタ)、ブロードウェイ(ミュージカル)、そしてハリウッド(映画音楽)という3つの街がテーマです。オペレッタはともかく、「映画音楽」がクラシックの歌手にとっては必ずしも相性の良いものでないことが、この前のデセイで露呈されてしまったばかりですから、ここでのダムラウにも少なからぬ不安の念がよぎります。
しかし、それは全くの杞憂でした。彼女はデセイのように曲に媚びて歌い方を変えるようなさもしいことはせずに、自身の武器であるベル・カントを前面に出して、果敢に曲に立ち向かっていたのです。
まずは、オペレッタのセクションです。カールマンやレハール、そしてヨハン・シュトラウス二世などのよく知られたナンバーを、ダムラウは時にユーモラスなしぐさを交えながら、堂々たる歌いぶりでこれらの「王道」を格調高く制覇します。それはまさに彼女にしてみれば余裕の世界でしょう。声はもちろん、なんたって、ドイツ語のディクションが違いますからね。1曲だけ、レハールの「メリー・ウィドー」からの有名な「
Lippen schweigen」では相手役としてローランド・ヴィリャゾンが加わりますが、この人のとんでもないドイツ語に比べたら、なおさらです。
そして、「ミュージカル」が始まります。まずは、「マイ・フェア・レディ」から、「
Would't It Be Lovely」はドイツ語で、「
I Could Have Danced All Night」は英語で歌われます。ドイツ語で歌うと、まるでオペレッタのように聴こえますし、もちろん英語では微妙にそれからは離れたミュージカルっぽい感じが漂います。同じ作品から、そんな二通りの味わい、というよりは「可能性」を、ダムラウは見事に引き出してくれています。
続いては、ソンドハイムの「スウィニー・トッド」から、ジョアンナが歌う「
Green Finch and Linnet Bird」を、これもドイツ語で歌います。ガーシュウィンの「
Summertime」は英語でとてもドラマティックに、そして圧巻はロイド・ウェッバーの「
Wishing You Were Somehow Here Again」。ご存知、「オペラ座の怪人」の中の、クリスティーヌのアリアですね。そう、ダムラウによって、それはまさに「ナンバー」あるいは「ショーストップ」というよりは、「アリア」と呼ぶにふさわしい、オペレッタ、いや文字通り「オペラ」として歌われるに値するだけの「芸術性」を持ったものであることがはっきりわかります。
そんな、ひょっとしたら作曲した人でさえ予想しなかったほどのとても含蓄の深い歌い方は、「映画音楽」のセクションに入っても満載でした。「オズの魔法使い」からの「
Over the Rainbow」は、あまたのカバーを超えるものとして強烈に迫ってきます。そのエンディングでのsotto voceの繊細さにも、圧倒されるはずです。そして、「スノーマン」からの「
Walking in the Air」こそは、最大の収穫でした。この曲からこんなダイナミックなドラマを引き出す可能性があったなんて、思ってもみませんでした。
アルバムの最初と最後を、「ヴォカリーズ」でくくるというのも卓越したアイディアです。ちなみに、エンディングのフレデリク・シャスランの、
2008年に作られたオペラ「嵐が丘」からのヴォカリーズは、これが世界初録音だそうです。
ここで歌われているミュージカルや映画音楽は、よくある、クラシック歌手がほんの片手間に演奏してみました、みたいなものとは完全に別物です。クラシックと全く同じ、作曲家の思いを最高に表現するすべを小手先に頼らず真剣に追求した成果が、ここにはありました。それが感動を呼ばないわけがありません。
CD Artwork © Erato/Warner Classics, Warner Music UK Ltd.