おやぢの部屋2
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SUPPÉ/Requiem
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Marie Fajtová(Sop), Franziska Gottwald(Alt)
Tomislav Muzek(Ten), Albert Pesendorfer(Bas)
Gerd Schaller/
Philharmonischer Chor München(by Andreas Herrmann)
Philharmonie Festiva
PROFIL/PH12061




あのスッペがレクイエムを作っていたのは知っていましたし、以前その録音を聴いたこともありました。なかなかキャッチーな曲だとは思ったのですが、こうして新しい録音が出るほどのポピュラリティまでは持ってはいないと思っていたので、ちょっと意外でした。しかも、この新盤の演奏家は、全く聞いたことのない人たちですし、それがライブ録音だというのですから、演奏も録音もそんなに大したものではないだろうという気はしていました。なにしろ、イタリアあたりのレーベルで、珍しいレクイエムだと思って聴いてみたら、ほとんど素人のような演奏を、アマチュアが録音したのではないか、というような代物に何度も出遭ってきましたから、期待して裏切られることだけはいやだな、と思っていますからね。
でも、とりあえずこの指揮者や演奏団体を調べてみたら、指揮者は同じレーベルでブルックナーの珍しい版による録音をかなり手掛けているような人ですし、オーケストラはその人がミュンヘンにある立派なオーケストラ(たくさんありますね。バイエルン放送交響楽団、ミュンヘン・フィル、バイエルン州立歌劇場管弦楽団・・・)のメンバーを集めて作ったスペシャル・オケだというのですから、実はかなりのポテンシャルを持った人たちだったのでした。ちょっと期待して聴いてみることにすっぺ
確かに、ここで演奏している人たちは、自分の出している音にしっかりと責任を持っているな、ということがひしひしと感じられました。ライブなので傷もなくはないのですが、メンバーそれぞれがしっかり「音楽」していることが、はっきり伝わってくるのです。合唱はミュンヘン・フィルの付属の合唱団。こちらも実力は折り紙つきです。
さらに、録音がとても良いのにもうれしくなります。確かに、これはバイエルン放送のスタッフによるものですから、かなりの水準は保っているなかで、「音」を聴く喜びを与えてくれるものでした。
スッペのレクイエムは、全曲演奏すると1時間を優に超える大曲です。前に聴いた時に、この作品はモーツァルトの同名曲との類似点がいくつもあることに気が付いたのですが、今回もその印象は変わらず、時折ほほえましく感じながら聴き続ける、という体験は繰り返されます。そして、これは決して「真似」ということではなく、当時の一つの「様式」として、モーツァルトの「型」が定着していたことをうかがわせるものだということにも気づかされます。「Requiem」、「Kyrie」、「Dies irae」、「Tuba murum」と、なにかホッと安心できるような、「お約束」の世界が広がります。ただ、どの曲もとても魅力的なハーモニーとメロディを持っているのに、なぜか「Lacrimosa」だけはいま一つピンとこないのですね。これなどは、逆にモーツァルトのこの曲が「壁」になっているのではないか、などと思えてしまいます。
もちろん、これは間違いなくスッペ独自のアイディアなのだろうと思える部分もあります。、「Domine Jesu」の最初のテーマなどは、D音1音だけが延々と続く中で、まわりのハーモニーがどんどん変わっていく、というとてもユニークなものでした。
しかし、本当の彼の持ち味はそんな「小技」ではなく、とことん明るいキャラクターなのではないでしょうか。「Sanctus」あたりがそれを端的にあらわした、もしかしたら「死者を悼む」という趣旨からは完全に逸脱している「明るさ」を全開にした部分でしょう。後半の「Hosanna」などはもろお祭り騒ぎ、もうこうなったらだれにも止められません。
続く「Benedictus」は、無伴奏で4人のソリストによる敬虔なハーモニーが体験される・・・と思っていると、突如乱入してきたオーケストラに導かれるのはさっきの「Hosanna」、こんな見事なシーンの転換はありません。残されたものにこそ、悲しみではなく喜びを、そんなレクイエムが一つぐらいあったっていいのではないでしょうか。

CD Artwork © Profil Medien GmbH
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by jurassic_oyaji | 2013-12-01 21:04 | 合唱 | Comments(0)