おやぢの部屋2
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BRITTEN/War Requiem
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Peter Pears(Ten), Heather Harper(Sop)
Dietrich Fischer-Dieskau(Bar)
Meredith Davies, Benjamin Britten/
Coventry Festival Choir, Boys Choir
City of Birmingham SO, Melos Ensemble
TESTAMENT/SBT 1490




ブリテン・イヤーの最後を飾るにふさわしい、とんでもない音源がCD化されました。このところ何度も新譜を取り上げてきた「戦争レクイエム」の初演時のライブ音源です。ま、いちおう「Previously unpublished」というクレジットはありますが、試しに「Shazam」に聴かせてみたらこんなジャケットがヒットしましたから、それは蛇の道は蛇、何らかの形でのリリースはあったのじゃね。
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でも今回はBBCが録音したテープをデジタル・リマスタリングした、と言いますから、「公式」なものとしてはやはり世界初となるのでしょうね。実は、このCDのライナーノーツでは、「もちろん、ブリテンはこのCDのリリースを決して認めることはなかっただろう」(日本語の訳も添付されていますが、あまりにもひどい訳文なので原文から訳しました)という記述があります。作曲家にとってはかなり不本意な初演であったことがうかがえますね。とは言っても、もはや50年以上も経ってしまえば、それは一つの「歴史」となるわけで、「演奏」ではなく「記録」として聴くことに価値があることになるのでしょう。著作隣接権だって消滅しているはずですから、もはやリリースは誰にも阻止することはできません。
1962年5月30日の初演の時の模様は、いくつかの資料によって知ることが出来ます。まずは指揮者の選定。現在では、ほとんど一人の指揮者によって演奏されることが多くなっていますが、初演に際してはオーケストラとアンサンブルのためにそれぞれ指揮者が必要とされていました。ブリテン自身はアンサンブルの指揮にまわることになっていたので、メインのオーケストラの指揮を誰に依頼するかという問題があったのです。最終的に決まったのは、当時は全く無名、というか、現在でも(すでに2005年に亡くなっていますが)知る人はほとんどいないメレディス・デイヴィスという人です。
そして、ソリストの問題。ブリテンは第二次世界大戦で交戦国同士だったイギリス、ドイツ、そしてソ連(当時)の歌手を想定していましたが、ソ連代表のヴィシネフスカヤが、当時の国際的な状況では確実に参加できるという保証は何もなかったので、主催者は代役としてかなり早い段階でヘザー・ハーパーを用意していたのです。その不安は的中、当初のソプラノ歌手の出国が認められなかったため、初演は「プランB」のメンバーによって行われました。
ものすごいヒスノイズとともに、演奏が始まります。もちろん当時の放送音源ですからモノラルです。しかし、「記録」として演奏を味わうのには何の障害にもなりません。ただ、聴こえてきたオーケストラと合唱は、何か地に足がついていないような薄っぺらな演奏に終始しているように感じられます。特に合唱は、大聖堂での実演に耐えられるだけのリハーサルが行えなかったのではないか、というほどの、ほとんど手探り状態であることがはっきりわかってしまいます。ポリフォニーの部分などは、いつ崩壊してもおかしくない状態です。
しかし、ソリストたちはとても立派でした。中でも、ヘザー・ハーパーは代役のハンディキャップを全く感じさせない堂々たる歌い方です。
ところが、このCDのトラック17、「Libera me」が始まったあたりで、突然音が今までとガラッと変わってしまいます。それは、今まで使っていたマイクのうちの何本かが急に使えなくなってしまって、1本のマイクで録ったのではないかと思えるほどの、もやもやとした音、明らかに何かの「事故」が起こったとしか考えられないような事態です。
さらにもう1点、先ほどのライナーの中で紹介されている、「心臓が止まってしまうような恐ろしい瞬間」という「事故」が、このCDではそんな痕跡が全く分からないほどに修正されているのです。このようなマスタリングの段階での改竄は、この貴重な「記録」に対しては決して許されることではありません。

CD Artwork © Testament
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by jurassic_oyaji | 2013-12-05 20:53 | 合唱 | Comments(0)