おやぢの部屋2
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RIMSKI-KORSAKOV/Shéhérazade




Jos van Immerseel/
Anima Eterna
ZIG-ZAG/ZZT 050502



例えば、ノリントンあたりが推し進めている、モダン楽器のオーケストラによってオリジナル楽器の響きを追求するという試みとは全く正反対の方向からのアプローチ、という視点で、このインマゼールとアニマ・エテルナの演奏をとらえるのはどうでしょうか。もうすぐ「スター・ウォーズ」とか「宇宙戦争」も始まりますし(それは「ロードショー」)。つまり、オリジナル楽器を用いて、ロマンティックな情感を表現する、という試みです。フォルテピアノ奏者として、スタート時には確かにオリジナル楽器のフィールドにいたインマゼールですが、指揮者としての彼の音楽の方向は、もっと柔軟性に富んだものを目指しているのではないか、という気がずっとしていました。そこで選んだ曲目が、この「シェエラザード」という絢爛豪華な絵巻物の世界を描写した音楽であれば、そんなとらえ方もそれほど的外れではないように思えるのですが。
オリジナル楽器というのは、「古い楽器」という意味ではありません。「その曲が作られた当時の楽器」というのが、正しい概念、従って、リムスキー・コルサコフを演奏する時にバッハ時代の楽器を使う、というのではなく、あくまでリムスキー・コルサコフの同時代、19世紀後半に使われていたであろう楽器を使うのが当たり前の話になってきます。その頃になると、管楽器などは殆ど現代とは変わらない形になっています。ピッチも、現代と同じ、「シェエラザード」の冒頭もきちんと「ミ、シ、レ」と聞こえます。ただ、インマゼールがこだわったのは弦楽器の人数でした。ヴァイオリンは8人ずつでコントラバスが5人という、「現代」に比べたら殆ど半分しか居ないというあたりに、「オリジナル」の精神を貫こうということなのでしょう。
そんな少ない弦楽器ですから、たゆとうような大海原の描写などはとても無理、と思って聴いていると、どうしてどうしてなかなか健闘しているのには正直驚かされます。どうあがいても、もともとの「しょぼさ」を隠すことは出来ないのですが、それを何とか「根性」でカバーしようとしている意気込みが、とてもほほえましく思えます。ただ、やはりこの編成であれば、どうしても耳がいくのは管楽器の方でしょう。特にファゴットなど、現代とは微妙に違う音色を楽しむことが出来ます。さらに、打楽器から一風変わった響きが聞こえてきたのも嬉しいところです。第3楽章の「若い王子と王女」の中間部、リズミカルになる部分での小太鼓やトライアングルのちょっとオリエンタルな鄙びた音色は聴きものです。
カップリングの「だったん人の踊り」でも、そんな民族色がよく出た打楽器が大活躍しています。「最後の踊り」でのシンバルなどに特別な存在感を感じられるのも、この演奏ならではのことでしょう。
そのような、それこそモダンオケでも出すことの出来ないような多彩な響きをオリジナル楽器によって導き出した、という点では、この演奏は大いに評価できることでしょう。ところが、その響きをドライブして一つの表現に持っていくことが出来ないというのが、この指揮者なのです。以前のモーツァルトでもさらけ出した、これはインマゼールの最大の欠点、「だったん人」から生命感あふれるリズムを感じられることは、ついにありませんでした。せっかくのユニークなアプローチも、音楽としての確固たる全体像が見えてこないことには、なんにもなりません。
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by jurassic_oyaji | 2005-06-22 18:46 | オーケストラ | Comments(0)