おやぢの部屋2
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WAGNER/Der Fliegende Holländer, DIETSCH/Le Vaisseau Fantôme
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Evgeny Nikitin(Hol), Russel Braun(Troïl)
Ingela Brimberg(Senta), Sally Matthews(Minna)
Eric Cutler(Georg), Bernard Richter(Magnus)
Marc Minkowski/
Les Musiciens du Louvre Grenoble
NAïVE/V 5349




ワーグナー・イヤーの幕切れになって、こんなすごいものがリリースされました。まずは、「さまよえるオランダ人」の初稿版です。これは、2004年に世界で初めて録音されたブルーノ・ワイル盤(DHM/82876 64071 2)に続くものになるのでしょう。
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この初稿は、自筆稿が残っているだけで、出版はされていません。1843年にドレスデンで初演された時には、すでに改訂されていて、「ゼンタのバラード」(世良公則ではありません・・・それは「アンタのバラード」)のキーが歌手の都合に合わせてイ短調からト短調に下げられたり、登場人物の名前や設定が変わったりしていました。
そしてもう一つ、ここにはそのワーグナーの作品とともに、ワーグナーが最初にこれをパリのオペラ座で上演したいと思った時に、支配人のレオン・ピレーに提出したフランス語の台本のスケッチをもとに、ポール・フーシェとベネディクト=アンリ・レヴォワルが作った台本に、オペラ座の合唱指揮者ピエール=ルイ・ディエチュが作曲、1842年にオペラ座で初演された、その名も「幽霊船」というオペラの世界初録音がカップリングされているのです。ワーグナーはこのスケッチに対する報酬500フランをもらっただけで、作曲を依頼されることはありませんでした。頭にきたワーグナーは、わずか10日間で彼の「オランダ人」の台本を完成させてしまいました。そして、1842年にはスコアも完成するのですが、当然パリで上演されることはなかったのです。
同じスケッチを使っていながら、この二つの作品は音楽も、そして物語も全く異なる様相を呈しています。ディエチュという人は、今でこそ完璧に忘れ去られていますが、なんせオペラ座から作曲の依頼を受けたというのですから、「オペラ座」向けの作曲のノウハウは熟知していたはずです。序曲なども、同じ嵐の描写でもワーグナーみたいに空虚5度などという「前衛的」なものは使わず、ごくごくまっとうな波しぶきを表現していますしね。そして最後にはなんともノーテンキなドンチャン騒ぎで幕開けを用意するという分かりやすさです。
物語は、ワーグナー版の「ゼンタのバラード」に相当する「ミンナのバラード」で始まりますが、あちらのような深刻なものではない素朴な民謡調、ミンナにはもちろんアリアもありますが、それはコロラトゥーラを多用したとことん技巧的なものです。そういう派手なことが、オランダ人(こちらは「トロイル」)のアリアにも使われているのですから、いかにお客さんを楽しませることに腐心しているかがわかります。そう、これはまさにそういうエンターテインメント(もちろん上流階級向けの)なのです。
と、音楽的には聴衆の好みに合わせたとことんコンサバなものなのですが、その分ストーリーとしてはワーグナーの台本よりも納得のいくものに仕上がっているな、という気がします。その最大の理由は、エリック(この初稿では「ゲオルク」)のキャラ設定の違いでしょうか。ディエチュ版では「マグヌス」という名前になっていますが、彼は婚約者であるミンナ(ゼンタ)がトロイル(オランダ人)になびいてしまっても、エリックのようにしつこく「ストーカー行為」をすることはなく、黙って身を引くという「大人」として描かれているのですからね。やはり「女は奪うものだ」というワーグナー自身の性癖からは、こういう人物像は出てこないのでしょうか。それは晩年のハンス・ザックスまで待たなければいけません。
この2つの作品を並べて聴いてみると、ミンコフスキはなんだかディエチュ版の方にシンパシーを感じているのではないか、と思えるようなところがあります。というか、ワーグナーにも少なからず登場するコンサバな音楽(ダーラント、いや、ドナルドが絡んだ部分など)の扱いが、何かぎこちないのですよね。そういうところをディエチュのようにあけっぴろげになれないあたりが、ワーグナーの難しさなのでしょう。

CD Artwork © NAÏVE
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by jurassic_oyaji | 2013-12-21 21:51 | オペラ | Comments(0)