おやぢの部屋2
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RACHMANINOV/All-Night Vigil




Paul Hillier/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
HARMONIA MUNDI/HMU 907384



最近はこのように「徹夜祷 All-Night Vigil」と表記されるようになった、このラフマニノフの合唱作品ですが、今までは「晩祷Vespers」という、大店の責任者(それは「番頭」)みたいなタイトルが一般的でした。正確には、15曲からなる聖歌集の最初の6曲が、この「晩祷」のためのもの、そして7曲目以降は、次の朝の礼拝「Matins」に用いられる曲なのです。ただ、今さら「晩祷は誤訳で徹夜祷が正しい」などと言われても、昔からなじんだ曲名はなかなか直すことは難しいものがあります。なんと言っても、かつてこの曲の存在を決定づけられたこんなインパクトのあるジャケットがあったのですから。


これはスヴェシニコフによって1958年に録音されたこの曲の初めてのレコード(MELODIYA)を国内盤として発売するにあたって、発売元の日本ビクターが渾身の力を込めてデザインしたもの。おそらく歴史に残るであろう斬新なジャケットです。そして、このレコードが2枚組LPとして発売された1974年という年が、私たちがこの曲を知った最初の時となったのです。ということは、1915年に作られてから半世紀近くの間、ラフマニノフにはピアノ協奏曲や交響曲以外にもこんな素晴らしい合唱曲があると言うことは、少なくともレコードの上では全く知られることがなかったのです。しかも、それ以後この曲の新たな録音が出るまでには、1986年にロストロポーヴィチ(ERATO)と、ポリャンスキー(MELODIYA)の仕事が世に出るまで、30年近くも待たなければならなかったとは。そして、初めて「西側」の指揮者ロバート・ショーがTELARCに録音した1989年という年が、奇しくも「東側」という概念が崩壊した年であったのは、なんという暗示的なことでしょう。
ラフマニノフが、ロシア聖歌の昔の形、中世の「ズナメニ」というネウマ譜による古い聖歌や、キエフ聖歌、ギリシャ正教聖歌に近代的な和声を施したり、あるいは、それと全く変わらないテイストで自ら創作を行った時、そこにはボルトニャンスキーあたりによって、西欧風にソフィストケートされてしまった当時の聖歌から、かつてあったはずのロシア聖歌本来の形を取り戻そうとする意志が働いていたのは明らかです。そして、スヴェシニコフは、その意志に見事に答えたものを残してくれました。マーラーをして「この音は出なくても構わない(交響曲第2番)」と言わしめたへ音譜表の第2線のさらにオクターブ下の「シb」というとてつもなく低い音をやすやすと響かすことの出来るバスパートの上に乗った力強い合唱からは、ロシア人の訛りに充ち満ちた、民族意識のほとばしりさえ感じられる「晩祷」が聞こえてきたのです。
現代に於いては、このような「泥臭い」演奏は、もはやロシア周辺でも行われていないという事実は、サヴチュクによるウクライナの合唱団が2000年に録音したもの(BRILLIANT)を聴けば認めざるを得ません。まして、イギリス人の指揮者に指揮されたエストニアの合唱団からそれを求めるのはもちろん叶わないことです。しかし、実際の典礼を擬して助祭によるチャントを挿入したというこのアルバムからは、スヴェシニコフとは別のベクトルでラフマニノフの思いに迫ろうとする姿勢を、確かに感じることができます。
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by jurassic_oyaji | 2005-06-24 21:24 | 合唱 | Comments(2)
Commented at 2008-04-29 07:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jurassic_oyaji at 2008-04-29 23:28
麻田さま
CD(VDC 1135)のデータが1958/8/8となっています。LPの「65年」というのは誤りのようですね。