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ウィーン楽友協会二〇〇年の輝き
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Otto Biba, Ingrid Fuchs共著
小宮正安訳
集英社刊(集英社新書ヴィジュアル版 031V)
ISBN978-4-08-720718-7




「ウィーン楽友協会の現在の資料館館長と副館長による、日本のクラシック愛好家のための書き下ろし」というフレーズが帯に踊っています。最後に「びっくりマーク(!)」が付いているぐらいですから、それは本当にびっくりするようなことなのでしょう。もちろん、このお二人はドイツ語で執筆なさったのでしょうから、オリジナルのタイトルも併記されています。それは「Die Geschichte der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien」というものですから、そのまま訳すと「ウィーン楽友協会の歴史」という素っ気ないものでした。それを、上のように「歴史」を「二〇〇年の輝き」と直した(「改竄した」ともいう)のは、訳者なのか、編集担当者なのかは分かりませんが、このあたりで、「日本人」が抱いている「ウィーン」のイメージを端的に表現しているのは、さすがです。ただ、横書きで「二〇〇年」という書き方には、いくらなんでも馴染めません。
もう1点、日本語の「楽友」に相当する単語はここでは「Musikfreunde」のはずですが、我々日本人には「ムジークフェライン」、つまり「Musikverein」という言い方の方が馴染みがあるのではないでしょうか。そのあたりの違いについて、当事者たちの見解はどうなのかということをぜひとも知りたいと思ったのですが、それはこの本の中にはどこにも見つけることはできませんでした。
まあ、そんな厳密なところまでの議論を求めるというのが、もしかしたらこの本のスタンスからしたら筋違いのことだったのかもしれません。なんせ、全部で4つの章に分かれているうちの「歴史」に関して述べた「第1章」と、「演奏会」について述べた「第2章」とでは8割程度の部分で全く同じ記述が重なっているのですからね。おそらく、2人の著者の間での調整が取れなかったのと、それをきちんと校正しなかった結果なのでしょうが、その程度の、1冊の本としてはかなりみっともない仕上がりでもかまわないだろうというおおらかさの前には、細かい指摘など何の意味もありません。
ウィーン楽友協会について、「演奏会」と「音楽院」と「資料館」という3つの側面から詳細に語ったこの本は、特に「音楽院」と「資料館」について、今までほとんど知られることがなかったような知識を与えてくれています。「楽友協会」というのは、今の「ウィーン国立音楽大学」の前身だったんですね。さらに、この本が日本人向けに書かれたということもあって、その音楽院と日本との関係について語られているのもうれしいことです。そこの学生で、アントン・ブルックナーに師事したルドルフ・ディットリヒという音楽家は、明治政府からの要請で東京音楽学校の教師として招かれ、まさに日本のクラシック音楽の基礎をなす人材を育てたのですからね。もっとも、そこで、「楽友協会あっての日本の音楽教育」と自慢げに語る著者の筆致には、ちょっと引いてしまいますが。
このディットリヒという人は、在任中に妻を亡くした後、日本人の女性と親しくなって子どもまでもうけますが、やがて二人を残して帰国、ドイツで別の女性と再婚するという、まるでピンカートンを地で行ったような男なのですね。たまたま手元には、ディットリヒなどの「お雇い外国人」が作った曲を集めた2001年のCDがありました(KING/KKCC 3001)。そのライナーを執筆していたのが、ディットリヒの「孫」にあたる根上淳(ペギー葉山の夫)でした。
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「資料館」に関しては、さすが「ヴィジュアル版」だけあって、所蔵されている珍しい楽譜や楽器の写真が満載です。その中で一番受けたのは、「Harmoniumflügel」あるいは「Orgelklavier」と呼ばれる、ピアノとリードオルガンが合体した楽器です。
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訳文は非常にこなれていて(です・ます体)、とてもスラスラと読めてしまえました。まるで最初から日本語で書いたのでは、とすら思えるほどの素晴らしさです。

Book Artwork © Shueisha Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-12-27 21:36 | 書籍 | Comments(0)