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STRAVINSKI/Le Sacre du Printemps, MUSSORGSKI/Tableaux d'une Exposition
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Pentaèdre
ATMA/ACD2 2687




こちらで、木管五重奏(+アコーディオン)の伴奏による「冬の旅」を披露してくれていたカナダのアンサンブル「ペンタドル」が、今回はなんと「春の祭典」と「展覧会の絵」に挑戦です。
まずは、木管楽器だけでもそれぞれ5人のメンバーが必要とされる「5管編成」で書かれている超大編成の曲、ストラヴィンスキーの「春の祭典」を、たった5本の管楽器だけで演奏しようという、無謀とも思える試みです。とは言っても、演奏するのは5人でも、それぞれ別の楽器を「持ち替え」でとっかえひっかえ使っていますから、楽器自体は本当は10本以上あるのですがね。例えば、フルーティストは普通のフルートのほかにピッコロとアルトフルート、オーボエ奏者はオーボエ、オーボエ・ダモーレ、コール・アングレといった具合です。
確かに、この曲はオーケストラが全員で大音響を提供する場面も少なくありませんが、それと対照的なほんの少しの楽器しか使っていないところも結構あるのですね。なんたって、曲の頭はファゴット1本だけで始まるのですから。そのあたりの、主に管楽器だけで絡み合う部分では、確かにほとんどオリジナルと変わらないようなサウンドが実現できています。
しかし、弦楽器がパルスを刻み始める「春の兆し(乙女たちの踊り)」あたりから、なんだか様子がおかしくなってきます。どうしても、この部分では60人ぐらいの弦楽器奏者が一斉に音を出すという「トゥッティ」の感じがしっかり刷り込まれていますから、それをファゴットとオーボエだけで演奏されてしまうと、そのあまりの軽さには違和感を通り越して怒りのようなものまで湧いてきます。彼らは「音」を埋めさえすれば、「音楽」までも再現できると思っているのかもしれませんが、この曲に限ってはそれは完璧に不可能なことであることを思い知るだけのものでしかありませんでした。本当に「ご苦労さん」と言ってあげたい気はしますが、それは全くの徒労に終わっていたのです。
一方の「展覧会の絵」は、編曲を行ったシュテファン・モーザーがライナーに書いているように、よく知られているモーリス・ラヴェルのオーケストラ編曲版ではなく、あくまでオリジナルのピアノ・ソロを元に編曲されていますから、「春の祭典」とは逆に楽器を増やす作業になります。こちらの方が、おそらく勝率は高くなるはずですね。
ただ、かわいそうなことに、この曲の場合はピアノ曲よりはラヴェル版の方がはるかに良く聴かれていますから、この、ほぼピアノ譜にある音だけを音にしたような編曲を聴くと、何か物足りないものを感じてしまうのですから、困ったものです。そんな中で、あえてピアノ版(もちろん、ラヴェルが下敷きにしたリムスキー=コルサコフ版ではなく原典版)の特徴を際立たせようとしているところは、好感が持てます。それは、「ビドロ」の始まりの部分を、コントラファゴットでブイブイと元気よく吹かせているところなどに現れています。この曲は、本当はこのようにffで始まるのって、知ってました?アーティキュレーションなども、ラヴェル版とは違うなと思ったところのピアノ譜を見ると、確かにそんな風になってましたし。
1ヵ所だけ、ピアノ版にはないようなことをやっているのが、「カタコンブ」の次の「プロムナード」にあたる「Cum mortuis in lingua mortua」です。本来は右手のオクターブの「トレモロ」だったものを、ピッコロの「トリル」に変えとりるのですね。確かに管楽器ではこんなトレモロはフラッター・タンギングでも使わないと無理でしょうから、これは仕方がありません。
エンディングが、とてもあっさり終わってしまってちょっと拍子抜けでしたが、これもラヴェル版の刷り込みによる誤解でした。ピアノ版では13小節しかないものを、ラヴェルはなんと21小節に「水増し」していたのですよ。これは、新たな発見でした。

CD Artwork © Atma Classique

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by jurassic_oyaji | 2014-01-18 21:08 | 室内楽 | Comments(0)