おやぢの部屋2
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「HIROSHIMA」
 いやあ、大騒ぎになってますね。こういうことが大好きな私は、「一次資料」である週刊誌まで買ってしまいましたよ。

 この曲のことは、初演された時のニュースとか、CDが作られたといった情報としてはよく知っていました。ただ、そもそもまともな音楽教育も受けていない人がこんな本格的な「交響曲」なんて書けるわけがないと思っていましたから、もう完全にスルーしていましたね。いや、今に至るまで、まともにこの曲を聴いたこともありませんし。というのも、なにより、このCDの売り方がまともなクラシックの扱いではありませんでした。これは「レコード芸術」の2011年9月号に載っていた広告です。

 クリックすると、大きな画面でテキストも読めます。だいたい、こんな広告をぶつ時点で、「何か変だ」と気づくはずじゃないですか。私は最初から胡散臭いと思っていましたよ。この号には、月評の「交響曲」のジャンルで取り上げられています。普通は「現代音楽」ですよね。それで、その評者が高名な宇野センセーと金子センセー、宇野センセーは「涙で目が曇って、文字も書けないぐらい」とまで言ってますが、「芸術的な評価は、他の人に任せたい」と、やや正直なところものぞかせています。金子センセーは冷静に「シュニトケよりはロマン派寄り」などと分析をしていますが、「死の原野と化した市街」が描写されているという感想も付け加えていましたね。
 まあ、こんな風に他人が作ったものを自作として発表(逆に、自作を他人の作品として発表)することは、音楽史の中では頻繁に行われていましたから、別に珍しいことではありません。モーツァルトの「レクイエム」だって、最初はそういう形で演奏されたんですからね。ただ、今回の「交響曲」のタイトルが、最初は「HIROSHIMA」ではなく「現代典礼」だった、というところには引っかかってしまいます。
 実は、これと全く同じことを半世紀前にやっていた作曲家が、いたのですよ。彼が作ったのは、「8分37秒」というタイトルの、弦楽器がトーン・クラスターなどを駆使して、古典的な音楽の枠組みをぶっ壊すようなサウンドを発するマニアックな作品でした。まあ「前衛音楽」ですね。ところが、誰かの入れ知恵で、これを「広島の犠牲者に捧げる哀歌」というタイトルに変えたところ、またたく間に有名な曲になってしまったのですね。そのおかげで、この作曲家は今では生まれた国を代表する偉人として、尊敬されているのだそうです。
 まあ、音楽なんてそんなもんですよ。タイトルやら、作った人の生きざまやらで飾り立てれば、どんな愚作でも「名曲」になりうるのです。佐村河内守が、はたしてペンデレツキのことを知っていたかどうかは分かりませんが、それは、見事に成功、世の中の人はみんな欺かれました。もちろん、これは今現在の話で、彼一人を悪者にしようとする意図がミエミエですが、もっと別な力が働いていた可能性だって、ありえます。今はひたすら被害者ぶっているレーベルやプロモーターは・・・。
 ただ、間違いなく最大の被害をこうむったのは、さっきのお二人のような「音楽評論家」と呼ばれる人たちなのではないでしょうか。私でも気付くほどの怪しさに、誰一人として気付かないで(気付かないフリをして)、さんざん「HIROSHIMA」を持ちあげていたのですからね。彼らの審美眼は地に落ちました。こちらにエッセイを寄せている許センセーなんか、もう恥かしくて表を歩けないのでは。
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by jurassic_oyaji | 2014-02-06 22:08 | 禁断 | Comments(2)
Commented by ん。 at 2014-02-07 11:19 x
>誰かの入れ知恵で、これを「広島の犠牲者に捧げる哀歌」というタイトルに変えたところ
誰か=松下眞一だそうです
Commented by jurassic_oyaji at 2014-02-07 11:30
んさん、コメントありがとうございました。
いろんな説があるようですね。ポーランドの放送局関係者というのも、聞いたことがあります。