おやぢの部屋2
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音楽史影の仕掛人
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小宮正安著
春秋社刊
ISBN978-4-393-93031-1



「音楽史」、正確には「西洋音楽史」というのは、言うまでもなく「西洋音楽」の「歴史」なのですから、そんな「音楽」を作った人物である「作曲家」の「歴史」と言えないこともありません。しかし、現実はそんな単純なものでないことは、誰でも気付くはずです。例えば、バッハ→ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェンと「音楽」が「進化」してきた、みたいな、かつては教育現場でさえもまかり通っていた分かりやすくシンプルな史観は、もはや顧みられることはありません。そんなものは、そういう流れの発展形ととらえられていた「現代音楽」の崩壊とともに、跡形もなく崩れ去っていたのです。
もちろん、作曲家は西洋音楽史の主人公であることは間違いありません。しかし、その作曲家に様々な影響を与えるなど、何らかの形で関係を持っていた人物の存在を知れば、より奥深い人間像がイメージ出来るようになるはずです。確かに、それぞれの作曲家の伝記には決まって登場するキャストというものが、必ずいるものです。ただ、それらは、たとえば「モーツァルトはコロレド大司教の逆鱗に触れた」みたいな定型文として認識されているだけで、そのコロレドさんというとは実際はどういう人だったのか、つまり、コロレドさんサイドからの証言というものにはほとんどお目にかかることがなかったというのが、今までの伝記業界の実状だったのではないでしょうか。そんな、今まで西洋音楽史の片隅にちょこっと顔を出すことによって「どこかで聞いたことがあるような名前」として意識の片隅に残っていた人物について掘り下げてみた、というのがこの本なのです。
そんな、いわば「裏音楽史」の主人公たちは全部で25人、それぞれに個性的な面々が集まっています。そんな中で、この人たちがいなかったら、今のコンサートはさぞやさびしいものになっただろうと思えてしまうような二人の「セルゲイ」の存在が、とても気になるものでした。一人は、「バレエ・リュス」を創ったセルゲイ・ディアギレフ、そしてもう一人は指揮者のセルゲイ・クーセヴィツキーです。ディアギレフに関してはある程度の人間像はわかっていましたが、クーセヴィツキーがこれほどまでに貪欲に自らの道を開いた人であったことは、ここで初めて知ることが出来ました。なんと言っても、2度目の奥さんの実家の財産にものを言わせて、強引に指揮者のレッスンを受けたり、あのベルリン・フィルを金で買って指揮者デビューを果たしたりといった豪快なエピソードがたまりません。
考えてみれば、前作「モーツァルトを『造った』男」に登場したケッヘルさんも、この著者によって同じようにその人間的な側面が生き生きと伝わって来たものでした。あの時に著者が見せた単に音楽史にとどまらない世界史全体を見据えた視点は、ここでも健在でした。あたかも「暴露話」のように見えて、全体を読み終えたときには18世紀後半から現代へ至るまでのヨーロッパ全体の歴史が頭の中に広がっていて、革命や戦争にさらされながらもしたたかに生き延びてきた「西洋音楽」の姿が、くっきりと浮かび上がってくるのです。おそらく意識したことではなかったのでしょうが、この本の中に幾度となく登場する「毀誉褒貶」という難しい単語が、それぞれの人物の姿を「つとに」明らかにしてくれています。
著者がこの本を書き上げたのは昨年の7月ごろだったのでしょうが、あと半年ほどすると世間を騒がせた「ゴーストライター」事件が発覚します。そこでゴーストライターに曲を作らせた人物こそは「影の仕掛け人」、そこで、あのモーツァルトをしてゴーストライター業に手を染めしめたヴァルゼック伯爵を登場させていれば、さらに充実した内容になっていたのかもしれないよう。惜しいことをしましたね。

Book Artwork © Shunjusha Publishing Company
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by jurassic_oyaji | 2014-03-12 00:11 | 書籍 | Comments(0)