おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem
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Joanne Lunn(Sop), Rowan Hellier(Alt)
Thomas Hobbs(Ten), Matthew Brook(Bas)
John Butt/
Dunedin Consort
LINN/CKD 449(hybrid SACD)




常にひとひねりある楽譜を使った演奏で、聴く者を驚かせているジョン・バットとダニーデン(ダンディン)・コンソートのチームが今回取り上げたのはモーツァルトの「レクイエム」のジュスマイヤー版です。もちろんそこは腐ってもバット、彼が使ったのは、ただのジュスマイヤー版ではありませんでした。
それは、2013年に出版されたばかりの、「新しく校訂された」ジュスマイヤー版です。そのようなものはすでにベーレンライターからきちんとしたものが出ていたのですが、今回はペータースから、デイヴィッド・ブラックという人が新たに自筆稿などの資料を洗い直してよりきちんとした楽譜を作ったのですよ。

もちろん、そんなものをただ出しても、誰にも認知されませんから、今回は「初演復元版」というセールスポイントを強調しています。さも、今までそういうものが存在していなかったような大げさな煽りようですが、騙されてはいけません。基本的に「原典版」というものはそのような初期の状態に戻されたものを指すのですからね。
実際、このペータース版をベーレンライター版と比べて見ても、はっきり言って違いはありません。もちろん、資料の読み取り方などが校訂者の主観によって微妙に変わっているところはありますが、その資料自体は同じものなのですからね。
ただ、1ヶ所だけ、明らかに今までの楽譜とは異なっている部分がありました。それは、「Kyrie」の24小節目のソプラノ・パートの音符に付けられたアーティキュレーションとテキストの割り振りです。スラーの範囲と、二重フーガの「クリステ・エレイソン」というテキストの最後のシラブル、「ソン」の位置ですね。



この部分はジュスマイヤーの手が入っていないモーツァルトの自筆稿(ソプラノ記号)が残っていますが、それを見ると確かにそのようになっています。




テキストに関してはともかく、スラーは、こんな素人が見てもはっきり分かるものに、ベーレンライター版(1)の校訂者のレオポルド・ノヴァークは気付かなかったのでしょうか。ここだけは、初期のブライトコプフの印刷譜(2)を丸ごと信用していたのだとか。
しかし、やはり2013年に出版されたコールス版 (3)でも、このペータース版と同じ形になっていますから、これからはこの形が主流になっていくのかもしれません。そんな、今までだれもが見落としていたポイントを指摘したのは、このペータース版の功績には違いありません。かなりマニアックですが。

このSACDでは、おまけとして、ジュスマイヤー版が出来る前に、自筆稿をそのまま使って17911210日、つまりモーツァルトの死の直後に行われた葬送ミサの際に演奏されたであろう「真の初演の復元版」が録音されています。合唱が8人(ソリストも合唱の中で歌う)など、あくまで忠実にその時の模様を再現したと言っていますが、「Kyrie」にトランペットとティンパニのリズムが入っていないのは、ちょっと違うような気がします。確かに、その楽譜にはまだそのパートは入ってはいませんでしたが、その前の、すでに完成されていた「Requiem aeternam」では、しっかり入っているのですから、アド・リブで入れることは可能だったはずです。そのアド・リブのパターンは後の全ての修復稿でみんな違っているのですから、ここで入れておいた方が、より的確な「復元」になったのでは。
そして、1793年1月2日に行われたジュスマイヤー版の初演を再現したはずの正規の演奏では、その合唱(+ソリスト)が16人に増えています。これがなんとも大味で散漫な演奏で、死者を悼む気持ちなどは全く伝わっては来ません。もしかしたら、「ゴーストライター」に残りを仕上げてもらったものではそんな気持ちなど起きようもなかったというところまで、この演奏では「再現」していたのかもしれませんね・・・と、妄想は際限なく続きます。

SACD Artwork © Linn Records
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by jurassic_oyaji | 2014-03-19 21:40 | 合唱 | Comments(0)