おやぢの部屋2
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James Rutherford sings Wagner
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James Rutherford(Bar)
Andrew Litton/
Bergen Philharmonic Orchestra
BIS/SACD-2080(hybrid SACD)




The Office」でおなじみのイギリスのコメディアン、リッキー・ジャーヴェイスによく似た、なんともダサいデニムパンツのこのおじさんは、当年とって41歳のイギリスの新進ワーグナー歌手、ジェームズ・ラザフォードです。2010年には、例のカタリーナ・ワーグナーのスキャンダラスな演出で話題になった「マイスタージンガー」でのハンス・ザックスでバイロイト・デビューを果たし、次々にワーグナーのロールをものにしているバリトンが、昨年の今頃、まだオペラハウスでは実際に歌っていないものも含めて、ワーグナーのナンバーばかりを集めて録音したのが、このSACDです。
ラザフォードは、学生時代には女の先生から「ヘルデンテノールになったらお金持ちになれるわよ」とからかわれていたそうですが、とてもそんな声ではないと思っていたそうなのです。それが今では、ヘルデンでこそありませんが、押しも押されもせぬ立派なワーグナー歌手になったのですから、その先生はただからかっていただけではなかったのでしょうね。
バックのオーケストラが、リットン指揮のベルゲン・フィルというのが、ちょっとした期待を誘います。もしかしたら、かなり毛色の変わったワーグナーが聴けるかもしれません。確かに、最初に聴こえて来た「オランダ人」序曲は、一風変わった味を持っていました。ちょっと普通の演奏では見られないような、細かいところにまで神経が行き届いたものだったのですね。ただ、それで音楽としての情報量はかなり増えているのですが、ワーグナーの場合はもっぱらそんな些細なことよりも力技によるドライブ感の方が重要だと考える人の方が多いはずですから、これは万人から納得されるようなものではないのかもしれません。個人的にはとても気に入りましたが。
そして、その「オランダ人」の中から、タイトル・ロールによる「モノローグ」が始まります。これも、最初の声を聴いただけでこの歌手がまさに非凡なものを持っていることが瞬時に分かるような、何か特別な魅力で迫ってきます。低い音はよく響いていても、決して重苦しいものではありませんし、その中にはある種の華やかささえ感じられます。さらに、曲の様式を的確に表現する力も秀でているような気がします。このモノローグの場合、短調で重苦しく展開されていたものが最後に長調になるという分かりやすい構造があるわけですが、それは聴いているとかなり唐突に思える演奏が多い中で、ラザフォードはしっかりその必然性が理解できるような周到なやり方でその結末を仕上げています。具体的には、最後のEナチュラルの音に入る前のちょっとしたポルタメント、ワーグナーでこんなことをやるのは反則ですが、それが見事に決まっています。
「タンホイザー」の「夕星の歌」では、高音でとても繊細なソット・ヴォーチェを聴かせてくれます。これが、とろけるようにソフトな味わい、たちまち心の中にさざ波が立ちます。でも、「ローエングリン」のクルヴェナールのような悪役には、この声はちょっと合わないかもしれませんね。同じように、アンフォルタス王もちょっと軽すぎる感は否めません。ハンス・ザックスは、おそらく演出を選んでしまうかも。
そして、最後は、「『指環』全曲のヴォータンを歌うのが目標」と言っている彼の持ち味がよく出た、「ワルキューレ」の「ヴォータンの別れ」です。そのソフトさの中には、威圧的な神々の長ではない、等身大の父親の姿が感じられることでしょう。
オーケストラも、そんなキャラを支える、とことん風通しの良いバランスで迫ります。それは、粗野な金管には少し遠慮していただいて、華麗な弦楽器に頑張ってもらおうという、普通のワーグナー業界ではあり得ないまるでカラヤンみたいな「室内楽的」な姿です。でも、こういうのが、おそらくこれからは主流になって行く予感すら感じられる、それは自信に満ちたスタンスです。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2014-04-12 20:43 | オペラ | Comments(0)