NAXOS JAPAN作
IKE画
学研パブリッシング刊
ISBN978-4-05-800251-3
あの「のだめカンタービレ」に続けとばかりに、こんなクラシックのネタのコミックが刊行されました。この作品がユニークなのは、まず、「のだめ」のような紙媒体で最初に公開されたものではない、といういかにも今の時代が反映されているところです。そして、なによりも、これを作ったところが「レコード会社」だ、というあたりが、まさに前代未聞。そう、これは、今では「世界一」のクラシック・レーベルとなってしまったあの
NAXOSの日本法人「ナクソス・ジャパン」が、公式サイトに殆ど冗談で「連載」していたものを、まとめて単行本にしたという、かなりぶっ飛んだ出自を持っているのです。「作者」に関しては上記のようなクレジット、ストーリーを構成してネームを作るのが「
NAXOS JAPAN」さん、作画をするのが「
IKE」さんということになるのでしょう。その「
NAXOS JAPAN」さんは、大胆にも会社の名前をペンネームにしているぐらいですから、おそらく社員さんなんでしょうね。それも、数人が集まったグループではなく、一個人なのではないか、という気がします。というのは、彼女(だと思いますよ)が書いたであろう
コラムが公式サイトにありますが、これを読む限りではマニアックな度合いといい、目指しているものの細かさといい、まず集団ではないような気がするからです。それにしても、この有無を言わせぬ押しつけがましさには、ちょっとたじろいでしまいませんか?
そんな、いかにもマニアっぽい押しつけがましさが、このコミックにもそのまま反映されているのが、おそらく最大の敗因でしょう。タイトルにあるように、基本ベートーヴェンの評伝を4コママンガで表現しようというものなのですが、実は本当の主人公は彼の弟子のフェルディナント・リースなのです。このリースという人は、後に作曲家/指揮者となって大活躍をするのですが、現在ではほとんど忘れ去られた存在です。それでも、彼の名前は、もう一人の著者との共著「
Biographische Notizen über Ludwig van Beethoven (ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェンに関する伝記的覚書)」という、ベートーヴェンの最初期の評伝の著者としてかろうじて音楽史には残っています。これは、文字通りリースの目から見た師ベートーヴェンに関する「覚書」、作者はこの著作に着目し、絵描きさんと一緒にかわいらしいリースのキャラクターを作り上げて、この中のエピソードをギャグ満載のコミックに仕上げたのです。
しかし、そんなマニアックなアプローチと、いかにもなキャラによる見え透いたギャグとの間には、明白な乖離が生じるのは当然のことです。読んでいるうちに、その居心地の悪さは次第に募り、先へ読み進もうという意欲が確実に薄れていきます。それはまるで、出来の悪い同人誌を無理やり読ませられているような感じでしょうか。
決定的な破綻が訪れるのは、作品のクライマックスとなるべき、リースがベートーヴェンのピアノ協奏曲のカデンツァを即興で弾きはじめる場面でしょう。まず、リースになんでそんなことが可能になったかという必然性が、まるで感じられません。普通はそれなりの伏線があるものなのに、いきなり「化ける」のですからね。まさに独りよがりの極みです。さらに、その状況がこの絵からは全く伝わってきません。つまりこれは、構成力の全くない作者と、コミックの「文法」すらも習得できていない未熟な作画者とによる、おぞましいまでの駄作にほかなりません。
ただ一つ、価値を見出すとすれば、それは各所にちりばめられた、このレーベルから出ているリースの作品の
CDの「番宣」でしょう。なんでも、明日から始まる「ラ・フォル・ジュルネ」には、この本の専用のブースが設けられるのだとか。その脇には、売れずに倉庫に眠っていたリースの
CDが、日本語のライナーでも付けられて(これは良くやる手)山積みになっていることでしょう。もちろん、
CDは
リースではなく、お買い上げです。
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