おやぢの部屋2
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America
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Marcus Creed/
SWR Vokalensemble Stuttgart
HÄNSSLER/CD93.306




SWRヴォーカルアンサンブルの最新アルバムは、タイトル通り、アメリカ人の作品集です。エーロン・コープランド、スティーヴ・ライヒ、ジョン・ケージ、モートン・フェルドマン、レナード・バーンスタイン、そしてサミュエル・バーバーと、「近現代」の6人の作曲家の名前が並びます。
しかし、こうして見てみると、アメリカという国のクラシック音楽が、いかに多様なスタイルをもっているかがよく分かります。それはおそらく、そもそも無縁だった「伝統」との距離の違いからくるものなのでしょう。ジョン・ケージやスティーヴ・ライヒなどは、まさにアメリカでしか生まれえなかった音楽家です。
最初のトラックの作曲家、この中で最も早く生まれたコープランドは、パリでナディア・ブーランジェに師事するなど、まだヨーロッパの音楽の「伝統」をいくらかでも受け継いでいたはずです。そのパリ時代の作品「4つのモテット」は、したがって「伝統的な合唱曲」としての体裁を踏み外すことは決してありません。
そして、その次にこの中では唯一の現存者ライヒが続きます。この「ミニマルの祖師」がガチの「合唱曲」を作っていたというのがすでに意外ですが、なんとポール・ヒリヤーが1995年に委嘱した「プロヴァーブ」という、まぎれもない合唱曲があったのですね。実際、この作品はすでに、ヒリヤーとシアター・オブ・ヴォイセズによる録音がNONESUCHからも出ていました。もともとの演奏者に合わせて、合唱ではなく5人のソリストのための編成、それに2台のヴィブラフォンと、中世のオルガン風にプログラミングされたシンセサイザーが加わります。もちろん、このCDでも全く同じ編成で演奏されています。この時期のライヒは、もはや「ミニマル」という範疇にはあまりこだわらない作風に変わってしまっていましたから、このようなほとんど「異種競技」とも思えるような団体の委嘱にも応えられるようになっていたのでしょう。それにしても、この作品は、いくらなんでもと思えるほどの演奏家への「寄り添い」(というより安易な「妥協」)の度合いが強いのが気になります。始まりこそは単旋律のポリフォニックな重なり合いがライヒらしさを見せるものの、しばらくするとミエミエの「中世風」の音楽になってしまいます。作曲家に言わせれば、これは「ペロタンへのオマージュ」なのだそうなのです。ミルキーじゃないですよ(それは「ペコちゃん」)。しかし、これは「オマージュ」どころか、もろ「サンプリング」ではありませんか。ライヒがヒリヤーとのコラボレーションでなし得たのは、単なるチープな「パクリ」だったなんて、悲しすぎます。
続く、ケージの1988年の作品「ファイブ」は、楽譜を使わない「偶然性」の音楽。その結果生まれたものは、いとも静謐な、安らぎにあふれた音楽でした。もちろん、見かけはよく似ていても、次のフェルドマンの1971年の作品「ザ・ロスコ・チャペル」のように、単に瞑想の目的のためだけに作られた「ヒーリング・ミュージック」とは本質的に異なる志から生まれたことは明白です。
バーンスタインの最晩年、やはり1988年に作られた彼のほとんど唯一の合唱曲「ミサ・ブレヴィス」は、実はジャン・アヌイの戯曲「ひばり」の付随音楽として1955年に作られていた8曲の合唱曲を、そのテキストをミサ通常文に置き換えて再構築したものです。正直退屈な音楽ですが、唯一最後の「Dona Nobis Pacem」だけは打楽器も加わったリズミカルなもので、バーンスタインらしさが感じられます。ところが、これも16世紀フランドルの作曲家、クロード・ル・ジュヌのシャンソン「Reveci venir du printemps(また春が来たね)」のサンプリングだったとは。
最後はバーバーの男声合唱とティンパニによる勇壮な曲「ストップウォッチと軍用地図」。こちらで一度聴いたことのあるものですが、今回の方がよりリアリティのある合唱で迫ります。

CD Artwork © SWR Media Services GmbH
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by jurassic_oyaji | 2014-05-06 19:52 | 合唱 | Comments(0)