おやぢの部屋2
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カフェードミンゴ
 そろそろ、今回の朝ドラの音楽についても書かなければいけないでしょうね。偶然かもしれませんが、というか、私のほんとに乏しい体験にしか基づいていいないのが辛いところですが、このところのドラマ業界では、確実に音楽のクオリティが上がってきているような気がします。中でもほとんど「感動」に近いものを体験したのは「MOZU」の音楽でした。ついにドラマの音楽もここまで来たのか、と思いましたね。決してドラマの内容を邪魔していないのに、音楽の存在もしっかり伝わってくるというもの。ほんと、こんなのを聴いてしまうと、今までの、ひたすらセンチメンタルな自己主張だけを叫んでいる音楽などは、もう恥かしくて逃げ出したくなってしまうのではないでしょうか。
 もちろん、朝ドラでも、そんな流れに鈍感でいられるわけがありません。今回もなかなか健闘、特に、民族楽器を使っての独特な雰囲気は、とてもハマっています。そして、面白いのが、カフェードミンゴの蓄音機から流れるという設定のクラシックのBGMです。まあ、最初のうちはありきたりのものだったのが、サティの「グノシエンヌ第3番」が聴こえてきたあたりから、この選曲はただものではないと思うようになってきましたよ。この時代にサティのSPなんてあるわけがありませんから、これは明らかに狙ってのこと、油断がなりません。
 そうしたら、先週あたりはシャブリエの「楽しい行進曲」なんかが流れているではありませんか。この曲、実は良く分からないのですが、「名曲」として認知されているものなんでしょうか?確かに、昔輸入盤のLPで「Famous Marches」というEMI盤が家にあったのですが、その中にこの曲が入っていました。ただ、「Famous」とはいうものの、当時としてはかなりマニアックな曲が入っていて(プロコフィエフの「3つのオレンジへの恋」なんかは、これで初めて知りました)その中でもこのシャブリエはひときわ異様な「なんでこれが行進曲?」みたいな、とてもひねくれている印象がありましたね。というか、なんか聴いていると辛くなるので、そこだけ針を飛ばして聴いていたような。
 そんな、およそ「名曲」とは思えないような曲が聴こえたので、そういう意味でなんとも懐かしい思いに浸ってしまったのです。でも、これがきっかけでブレイクするかもしれませんね。なんせこんな異様な時代ですから。

 その、自宅にあったエフレム・クルツのレコードはもうどこかに行ってしまいましたが、だいぶ前にCDになっていたはずなので、「レコード芸術」の昔のイヤーブックを引っ張り出して曲目を確認してみました。そのようなデータとしての役割すらももはや期待が出来なくなって、先月から定期購読をやめたこの雑誌ですが、たまたま本屋で時間をつぶさなければいけない状況の時に、最新号が目に入ったのでチラッと立ち読みしてみました。そうしたら、驚いたことにあの「佐村河内事件」の記事がまだ載っていました。それがなんと野口剛夫さんからの投稿だったのには二度びっくり、要は、以前御用評論家、長木誠司がこんな記事の中でバッシングの対象としていた野口さんご本人からの「反論」だったのですよ。いや、それは別に反論っぽい過激なものではなく、以前の新潮の記事となんら変わらない冷静なものなんですけどね。
 この雑誌が長木誠司の身勝手な言い分を何のためらいもなく載せた時には、まさに長木と心中するつもりなのだな、と思ったのですが、まるで手のひらを返したようなこの腰抜けな態度はいったい何なんでしょう。もうこうなると、雑誌としてのポリシーなどはどこかへ行ってしまってますね。いや、そもそもそんなものは最初からなかったのでしょう。完全に保身に走っているその姿は、まさに長木と同じ醜いもの、この雑誌が、ますます許せなくなってしまいました。
 来月号の予告で大々的に「ベルリン・フィル」などとやっていましたが、どうやら実態は今度そのオーケストラが始めたレーベルの宣伝がメインのような感じですしね。国内のメーカーだけではなく、ドイツの「レコード会社」にまで媚を売るだけの太鼓持ちに過ぎない雑誌を2000円(!)も払って買うほどの愚か者は、いくらなんでもいないのでは、と思うのですが、どうでしょう。
 ところで、長木誠司は、この中でまだしっかり輸入盤のレビューを書いていましたが、その「後宮」のBlu-rayのコメントがこちらに非常に良く似ているのは、なぜでしょう。まっ、実は私もこちらを書いた時には、同じものを「参考」にしていますから、他人のことは言えないのですがね。
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by jurassic_oyaji | 2014-06-22 20:17 | 禁断 | Comments(0)