おやぢの部屋2
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小澤征爾さんと、音楽について話をする
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小澤征爾×村上春樹著
新潮社刊(新潮文庫)
ISBN978-4-10-100166-1



単行本が出たのが2011年の11月、それから3年も経っていないのに文庫化が「解禁」になるというあたりが、5年以上は待たされる東野圭吾との違いでしょうか。こんなに早いと、「ついこの間ハードカバーを読んだのに」という気持ちになってしまいます。
いや、「読んだ」と言っても、それは「立ち読み」という読み方でして。こんなタイトルの本が平積みになっていれば、どうしても手が伸びてしまうじゃないですか。ほんのチラッと目を通すつもりが、気が付いたらほとんど半分近く読んでしまっていたというだけの話です。ただ、そのあたり、小澤さんと村上さんがグールドかなんかのレコードを聴いて、「そこが走ってる」とか言い合っているようなところは、確かにスラスラ読めてしまうのですが、それだけで終わっているような気がして、その続きを読むためにその分厚い本を買おうという気には、全然なれませんでした。クラヲタの「熱い語らい」を傍で聴いていることほど退屈なものはありませんからね。
そのうち、その本の中で二人が実際に聴いていた音楽、というものを収録したCDまでが発売されました。当然のことですが、それはすべてが本に登場したレコードと同じというわけではなく、レーベルの関係で同じ曲を別の演奏家が演奏しているものも含まれているものでした。いくら「古楽器による演奏」といっても、インマゼールとレヴィンでは別物ではないか、という気がするのですがね。

そんな「まがいもの」が出た数ヵ月後に、この文庫本は発売になりました。あまりのタイミングの良さに一瞬たじろいでしまいますが、価格も半分以下になっていてお買い得、これだったら、最後まで読んで退屈しても、そんなに落ち込むことはないでしょう。
しかし、そんな腰の引けた読み方をあざ笑うかのように、まだ「立ち読み」していなかったところにはものすごいものが横たわっていました。レコードを聴きながらあれやこれや言い合うというシーンは、このあたりになってくるとあまりなくなってきて、そんなことよりも小澤さんが実際にそんなレコード上の「巨匠」(それは小澤さん自身も含めて)についての実体験を語るあたりが、とてつもないインパクトをもって迫ってくるようになっていたのです。これこそは、小澤さんでなければ語ることのできない、一つの「歴史」ではありませんか。往年の二大巨匠、カラヤンとバーンスタインについての、実際に音楽家として高次元の関わりを持った人によって語られる「事実」の、なんと重みのあることでしょう。データでしかお目にかかったことのない有名なプロデューサーなどが、平気で「親友」なんて言われて登場してくるのですからね。
それにしても、小澤さんの記憶の確かさ、細かさには驚かされます。それはあとでも述べられていますが、実際に録音現場にいたときの記憶が、その録音を聴くことによって甦るという、ある種の潜在意識の覚醒みたいなことが起こっていたのでしょうね。拡声器からの音によって。ただ、そんな中で「バーンスタインがウィーン・フィルとマーラーの2番を録音していた現場に立ち会っていた」という話は、村上さんも不思議がっていましたが明らかに記憶違いのような気がします。同じ時期にロンドンとウィーンで別のオーケストラとこんな大曲を録音していたなんて、いくらバーンスタインでもまずあり得ません。いや、本当にこんな録音(+映像)が存在していたら、すごいことなのですが。
文庫化で新たに収録された村上さんのエッセイは、とても素晴らしいドキュメンタリーでした。小澤さんの普通の人の尺度をはるかに超えた情熱には打たれます。おそらく、今ではほとんど語られることもないあの「天皇直訴」も、そんな情熱のなせる業だったのでしょうね。

Book Artwork © Shinchosha Publishing Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2014-07-09 20:43 | 書籍 | Comments(0)