おやぢの部屋2
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やっぱり泣きました
 YMOが出てきたあたりの坂本龍一は、本当にすごいミュージシャンだと思っていました。それは、それまでのロック、というかポップスのクリエーターには見られない、ほとんど「現代音楽」の資質まで備えた人格として、目の前にそびえていたのです。デビュー・アルバム「千のナイフ」などは、どこを切っても驚かされずにはいられない名盤です。確かに、この人だったら「現代音楽」の要素をきっちり取り込んだ(つまり、それまであった「プログレッシブ・ロック」の方法論をさらに超える)、真に革新的な音楽を作りだすのではないか、という予感さえ抱いてしまうほどの光を、彼は放っていたのです。

 多分、私の期待が大き過ぎたのでしょう。その後の坂本龍一は、世間的には大成功をおさめ、「世界的」な作曲家として認知されるようになっていましたが、それは私が望んだような姿では、全くありませんでした。「好みの問題」と言ってしまえばそれまでですが、彼が作り出す音楽は本当につまらないものになってしまいました。だいぶ前に何かのイベントのために作られた無伴奏の合唱曲がありましたが、これを見たらもうこの人は完全にダメになってしまったな、と思いましたね。もうその前にはすでに何の関心もなくなっていましたから、別にどうなろうと構わないのですが、それでも世間的にはまだ「大家」とみられているのが不思議でしょうがありませんでした。
 そのうち、この人はもう音楽をやめてしまったかのように、「社会活動家」としての露出が増えてくるようになりました(あくまで、個人の感想です)。それはそれで、若いころからの熱い情熱をストレートにあらわした論客ぶりは、なかなかのものでした。「大家」ならではの無防備さはご愛嬌。
 そんな坂本龍一の「一時休業」のニュースは、驚きをもって世間に迎えられたのでしょう。ただ、そのニュースには、「反原発の立場から、放射線治療は拒否する」という、とても信じられないようなコメントも含まれていたのです。いくら彼がアホだからって、これはあんまりです。こんな、反原発関係者からも、医療関係者からも反発が必至のコメントなど、言うわけがありません。というか、こんな「非科学的」なことを言ってたら、本当に世の中から見放されてしまいますよ。案の定、これはスクープをねらった新聞社の捏造だったことが判明したようです。いろいろな意味で情けない話ですね。
 台風が近づいて、断続的に雨が降る中を、お葬式というか「お別れ会」に行ってきました。もう、同僚と一緒に会場のホールに入る前から、私は号泣モード、入り口でお母さんから「顔を見てやってください」と言われて祭壇の前に行ってみると、そこにはたくさんのお気に入りのおもちゃが並べられていました。そして、その前に本当に小さな棺が置いてあります。顔なんか見てしまったら、もう完全に泣き出してしまうことは分かっていましたが、もうその時点ですでに涙はあふれています。もう何があっても怖くありません。覚悟を決めて棺の中をのぞくと、その顔は、本当に安らかな表情でした。「もう、ぼくは苦しくないんだから、泣かなくたっていいんだよ」と言っているようでした。
 会場には、彼のお気に入りだったというCDが流れていました。モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のヴァント編曲のフルート四重奏曲版、なんというおませなチョイスだったのでしょう。献花も終わり、その花が御親族の手によって棺に入れられている間に、それはツェルリーナがマゼットに向かって歌うアリア「Vedrai, carino, se sei buonino」になっていました。「いい子にしてたら、素敵なお薬をあげるわね」というテキストに、きっと彼は癒されていたはずです。
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by jurassic_oyaji | 2014-07-10 21:16 | 禁断 | Comments(0)