François-Xavier Roth/
Les Siècles
ACTES SUD/ASM 15「火の鳥」に続いて、ついにロトとレ・シエクルが「ペトルーシュカ」と「春の祭典」を録音してくれました。これで、ストラヴィンスキーの初期を代表する3つのバレエ音楽が全て彼らの演奏で揃ったことになります。
「初演当時の演奏を再現」ということを最大のセールスポイントにしている彼らのプロジェクトですから、まず楽譜の吟味は外せません。特に、何かと混乱の多い「春の祭典」に関しては、ロトは多くの一次資料や文献を動員して、全く新しい楽譜を用意しているようでした。つまり、基本的には作曲者の自筆稿をベースとしたうえで、初演や校訂に関わった指揮者の書き込みの入った楽譜なども重視し、あくまで「
1913年5月
29日の初演の時に出ていた音のスコアの再構築」を実現させるという姿勢です。これは、つい先日、マーラーの
「ハンブルク稿」でも用いられた手法ですね。そこからは、当然現行の印刷譜とは異なる部分が多々見受けられるようになるはずです。
マーラーの場合は、そんな作業は出版社がイニシアティブをとって行われた結果、その演奏で使われた楽譜はめでたく出版されることになりましたが、こちらはそのような「幸せな」結果は全く期待できそうもありません。それは、ジャケット裏やブックレットに「今回の録音は、ブージー・アンド・ホークス社の特別の許可によって行われた。同社によって出版されている
1967年版が、一般に演奏するための唯一の権威ある楽譜であることに変わりはない」という、ちょっと無念さの込められたコメントを読めば明らかです。ロトによって作られた、ある意味「原典版」は、この作品の権利を持っている出版社から出版されることなどあり得ないばかりか、その楽譜による演奏を録音する時にさえも「特別な許可」(初演
100周年にちなんでの例外的なお墨付き)が必要なのですからね。
具体的にどこが「
1967年版」と異なっているかは、ブックレットに掲載されたインタビューの中でロトがごく控えめに述べていますが、聴いてはっきりわかるのが、あと1分ほどで全曲の演奏が終わるという、練習番号
186から
189までの間の弦楽器です(この
CDだと、トラック
13の
03:26から
03:35まで)。それまでの流れでフォルテで進んでいる音楽は、ここでもそのままフォルテ、弦楽器はアルコ、というのが「
1967年版」なのですが、そこをロトたちはピアノ、しかもピチカートで演奏しているのですよ。ネットの情報では、初期のスコアはそうなっているということなので、例えばモントゥーとかアンセルメの録音を聴いてみたのですが、どれも普通にアルコで演奏しているようでしたね。ですから、このロトの演奏はとてつもなくユニーク、ここを聴くためだけにこの
CDを買ってもいいのでは、というほどの衝撃があります。
ただ、惜しいのは、ジャケット(ブックレットも)の曲目表記でこんな間違いをおかしていること。それこそ、これも楽譜を精査している間に見つかった間違いが訂正されているのかな、と思ったりもしましたが、これに関する言及はどこにもないので、単なるミスプリントなのでしょう。責任者は
減給です。
もちろん、使っている楽器はすべて
20世紀初頭のものばかり、フルートなどは素朴な音色がとても心地よく響きます。アルト・フルートは、音色は申し分ないものの、やはり音があまり通らないので、埋もれてしまいがちに聴こえます。それと、他の楽器はすべて製作者まで表記されているものが、「ペトルーシュカ」で使われているチェレスタのクレジットがありません。ちょっとチェレスタらしくない固い音なので、もしかしたらジュ・ド・タンブルかも、と思っても、確かめることはできませんでした。ピアノはきちんとプレイエルと書いてあるのに(これもとてもやわらかい音)。
弦楽器が対向配置なのも、ストラヴィンスキーのセカンド・ヴァイオリンの使い方がよく分かる、有意義なものです。
CD Artwork © Actes Sud